東方司令部内はほぼ全域探したはずなのにいまだロイが見つからないということは、これはすでに司令部にはいないのではないかと思い、エドワードとアルフォンスは一度街を探してみることにした。 今朝通ったばかりの道を、今度は逆に司令部から駅へ歩く。 歩いて15分ほどのところに自宅があるが2、3日帰った様子がなく新聞受けに新聞が挟まっており、ほかにロイが寄りそうな美人の娘がいる花屋やおいしいと評判のケーキ屋も覗いて見るがロイの姿はなかった。 「あの給料泥棒、どこほっつき歩いてんだ。俺だって暇じゃねえってのに」 「また兄さん、そんなこと言って。本当は大佐のことが心配なんでしょ?」 「誰が!勝手にサボってる奴の心配なんかするかよ」 「はいはい」 十五歳にして国家錬金術師。すなわち軍の狗。 母を病で失い、父は行方不明。つめたい鎧の身体になった弟とともに街から街へ旅を続けるには幼すぎるが、自分で決めたことだと苛酷な道を行く中で、人間関係にはかなりドライになった。 世間からは奇異の目で見られることも少なくない弟を、兄として守らなければと思うことも彼をそうさせるのだろう。だがそのエドワードもひとたびロイが絡むといつも過剰反応を返す。 遠慮も外聞も関係なしに反発しあう。磁石の対極と向かい合うみたいに。 エドワードは認めたくないようだが、なんだかんだでエドとロイは似たもの同士だ。 普通なら鼻先で笑ってしまいそうな大それた目的を真剣な眼差しで語り、その目的のためにただひたすらまっすぐに歩いている。素直になれず愛情に不器用な所もそっくりだ。 年齢や容姿だけではない。考え方も歩いてきた人生も環境もまるで違う二人だけれど、時として映りあう鏡のように自分の弱さを相手に見るのだろう。 いつか気がつくのだろうが、それはきっとまだ先の話だ。 「兄さん、もう駅に着いちゃうよ」 「だな。でもほかに大佐の行きそうなとこなんて心当たりないぜ。 この辺にはめぼしい錬金術師や研究機関もないしな」 「まさかイーストシティから出たなんてことはないと思うけど……」 「一応駅員に聞いてみるか」 世間では疎まれることの多い軍人だが、ロイはイーストシティにおいて積極的に視察し、市民に声をかけたり笑顔で応対するためかなりの人気を誇っている。また顔も広く東方司令部のマスタングといえば知っている人間も多い。 昨日も駅前の商店街を護衛もつけずにひとりで歩いていたところを目撃されている。 しかし駅の他にも適当な所で尋ねてみたが、いずれにしても今日はロイを見た人間はいなかった。 「やっぱり司令部にいるのかなあ」 「仕方ねえ。一回戻ってみるか」 開始からすでに6時間が経過したが、まったくはかどる様子を見せないロイ探索。とりあえず情報交換のために司令室に集まった司令部一同である。 「全然だな」 「全然ですね」 「全然駄目です」 嫌々ながら駆り出されたブレダ、ファルマン、フュリーだが、まったく収穫なしの戦況報告をするのはさすがに居た堪れなかった。 しかし司令官のホークアイも物々しい武装はそのままに、思ったより収穫はなさそうだった。 「本当にどこに行ったのかしら……もう三時間しかないのに…!!」 押さえきれない殺意に三人が身の危険を感じた頃、ヒューズも司令室に顔を出した。 この人ならと期待を込めて振り返ったが、両手をひらひらとさせて駄目だという意思表示をする。 あからさまに落胆して三人が肩を落とせば、さすがというべきかホークアイはきちんと敬礼をしてお疲れ様ですと出先で巻き込まれた上官をねぎらった。 「ロイのやつ、逃げるのうまくなったな〜」 「失礼ですがヒューズ中佐。感心してる場合ではありません」 「いや、俺が昔に比べて鈍ったのかな。そろそろ引退を考えねえと」 中央にいたときは俺がいちばん上手かったのになーなどと言って、ハボックの机に置きっぱなしになっていた煙草に手を伸ばした。 娘が生まれてから家では吸わないことにしているのだが、仕事で疲れたりすると気を紛らわせるのに必要な時もある。 おちゃらけて流したものの、やはりロイのことを一番理解しているのは自分だという自負があったので多少は淋しいのだ。 そこへ再び東方司令部を訪れたエドとアルが入ってきた。 「エドワード君、アルフォンス君」 「その様子じゃそっちも収穫ナシだな」 子供の前では吸わないため、煙草をふかしているヒューズを二人ははじめて見た。 「そうだけど、中佐もじゃん」 「だからそろそろ俺もロイのお守りを引退しようかと話してたところだ」 ふーっと一息吐き出すと、まだ殆ど吸っていない煙草を惜しげもなく灰皿に押し付けた。 「別に俺たち、気にしないぜ」 「人の親になるってのはそういうことなんだよ」 笑いながらお疲れさんとぽんぽんとエドの頭をたたいた。 基本的に子ども扱いされることを嫌うエドワードだが、ヒューズのやさしさと言うのはささやかで押し付けがましくないので素直に聞いてしまう。 「そういや、ハボック少尉が帰ってきたらしいって聞いたけど」 とりあえず今後の作戦会議をしようかと思った矢先、思い出したようにエドワードが呟いた。 だが、帰ってきたのなら真っ先にくるはずの司令室にハボックらしい人影はない。 「ハボック少尉が?」 「ワンコは夕方に帰ってくるんじゃなかったのか?」 「そのはずなんですが……見間違えとかじゃないのか?」 司令部の本日分のスケジュールを思い返しながらファルマンが首を捻った。 「俺たちも見てないんだけど、ハボック少尉がなんか追い回されてたって聞いたぜ」 加えてあの長身で金髪で咥え煙草などなかなか見間違えるものではない。 「あいつなんかやって中央から追い出されたんじゃないだろうな……」 昔は結構暴れまわっていたのを知っているブレダとしては、ハボックの素行には素直に信頼が置けない。 「ハボック少尉はそんなことする人じゃないですよ」 「フュリー曹長は知らんだろうが、ハボックも昔は結構……」 そこでホークアイがひとつ大きな咳払いをする。余計なほうに話が逸れかけていたのに慌てて向き直った。 「エドワード君、ハボック少尉はもう東部に戻っていると聞いたのね?」 「うん。なあ、アル」 「受付の人にさっき聞きました。それが本当だったらですけど」 ホークアイは二人の言葉に小さく息を吐き、肩に巻いていたガンベルトを外した。 「それなら大佐が見つかるのも時間の問題ね」 |
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