7 仮眠室
ぼーん、と鈍い鐘の音が正午を知らせた。刻一刻とロイが溜めに溜めた書類の締め切りが近づいてくる。
司令官直属部隊の4人はもとより、たまたま東方司令部に来ていたヒューズにエルリック兄弟、そしてロイ一日自由権めあての職員まで捜索に参加しているにも関わらず、依然としてロイ探しは難航していた。
「・・・ここにもいないわね」
女子更衣室をあとにしながら、完全武装したホークアイの口からも遂に溜息が漏れ出た。
もうあらかた司令部内は探したはずなのにロイは見つからないし、逆に出て行ったという証言も取れないのだ。
確かにロイは隠れるのがうまい。
派手な言動と強烈なカリスマを持つ彼は一緒に仕事をしていると、どこでなにをしていてもとにかく目立つ。
護衛としては感心しないが、必要と思えばわざわざテロリストに狙われるようなパフォーマンスまで平気でやってみせる。
そんな仕事っぷりの反面、本当はあまり騒々しいことが好きではないのか、時として彼はもの静かで慎ましい雰囲気を感じさせることがある。
国家錬金術師にして国軍大佐という肩書きを持ちながら護衛は最低限しかつけないし、その護衛の目すら盗んでひとりになりたがる時があるのに気付いた。
イシュヴァールも共に乗り越えてきたそれなりの付き合いの中で、ひとつでも彼を理解し支えていこうという自負はあるものの、多分ヒューズにすら預けられない闇をロイは抱えているのだろう。
ふと姿を消すのもただ単にサボリの時もあるだろうし、本当に誰にも側にいて欲しくないときもあるのだ。
だがどちらにしろ、ロイはその限度も分からないほどの馬鹿ではない。
むしろ他人より賢すぎるくらいで、最近はハボックがいることも手伝って多めに見ていたのだが。
「私の腕もなまったものね。それとも」
考えが甘くなったのかしらという言葉は、胸のうちだけで続けた。
ロイひとり探し出せないことに感じるこの気持ちは、彼に対する怒りではなく自分自身に対するもどかしさなのかもしれない。



ふあ、と大きな欠伸を一つしながら司令室の扉をあけた人間がいた。
「あれ?」
見れば室内はロイはおろか、ホークアイ以下部下も指令部総出で出払っている。
他の司令部なら確実に怒られるであろう銜えタバコも、ここ東方司令部に限っては許されている。
金髪に銜えタバコがトレードマークのその人物は、誰もいない司令室を見てもそういえば昼休憩の時間だなどと呑気に考えていた。本来なら今日は昼過ぎまで中央で仕事だったのだが、昨日必死に頑張って夕方までに片付けて帰ってきたのは実に単純でかわいらしい理由からである。
「大佐も休憩中かなあ」
いま現在東方司令部がどのような状況下にあるか知らないので、いとしい人のために急いで帰ってきたハボックは、
いの一番に会えると思っていたロイがいないことに少しがっかりした。
若いロイの台頭を快く思わない中央の将軍たちは、たいした用事でもないくせに何とか弱みを握れないものかと研修を名目に東方から人をよこすように言いつけるのである。
人手不足の東方司令部でいちいち聞いてはいられないが、それでも反逆心ありと思われてはいけない。
そろそろ顔出ししてこいと運悪くハボックが出張に赴くことになったのだ。
たかが三日のこととは思っても、ロイにとってマイナスになることはあってもプラスになることではない。
将軍たちにして見れば階級だけでロイは自分に従って当然だと思っているので、ハボックがどれだけ頑張ろうと元から0であることに1や10や100をかけても結果は一緒なのだ。
無意味と言えば無意味だが、それでもロイの足を引っ張ることだけはないようにしようと、ハボックは文句のひとつも言わずにタバコも我慢して、仕事をやり終えてきた。
本当ならロイに会いに行きたいところだが、休憩中なら邪魔をしては煩わしがられるかもしれないし、ハボック自身昨日ほとんど寝ずに仕事をしたため少し寝て、休憩時間が終わる頃に報告に行こうと仮眠室に足を向けた。
「・・・なんか変だな」
仮眠室へと向かう廊下を歩きながら、ハボックは奇妙な感じがしていた。首の後ろがざわつく。
昔からやばいことを察知するとき、こんな風に感じるのである。
そういえばなんだかいつもより人の出入りが激しく慌しい感じがする。何か事件でもあったのだろうか。
やはり仮眠室よりも先にロイを探そうか、とそう考えたとき廊下の逆方向からすさまじい声がした。
「ハボック少尉を発見したぞ!」
その一声を皮切りに、一気にわーっと人が寄ってくる。
ハボック自身はロイの側近と言うこともあってそこそこ顔も名前も知られているが、ハボックにしてみれば突然自分の小隊や指令部以外の人間にたかられる理由がない。
「な、何だ?!」
並みの男より頭ひとつ背が高く、特殊部隊に所属していた実績もある体格の持ち主がそう簡単に押しつぶされることもないが、それでもこれだけの人数に押しかけられればたまらない。
とりあえず最初に自分によってきた軍曹階級の男を引き剥がして、理由を問いただす。
すると若い下士官は高揚しながらも要点を簡潔にしゃべってみせた。
「実はマスタング大佐が朝から行方不明なんです。それでいちばんに見つけた人間には明日一日大佐を貸し出しするとホークアイ中尉がおっしゃったんです」
「何だって?!」
滅多な事ではおどろかない男が、声を荒げた。
軍曹たちにして見れば、日常では手の届かないような人であるロイと側で近しくなれる機会があるのはさぞかし名誉なことなのだろう。
仮に望みどおりロイとふたりきりになったとしても危害を加えようだとか、利用してやろうだとか、そういう悪意は感じられない。一様にわくわくしたようなまなざしで、ロイ探しの名人であるハボックの知恵を借りられないかとにじりよってくる人の波に、仮眠室の扉まで追い詰められる。
後ろ手に仮眠室の扉を開け、中に逃げ込もうとすれば軍曹たちも逃がすものかと一緒に雪崩れ込んできた。
中に休んでいる人間でもいれば、彼らより階級が上のハボックは上官命令のひとことで下がらせることもできたが、あいにく仮眠室は使われた様子もなく無人だった。
「少尉なら大佐がどこにいるかご存知じゃないですか?」
さして面識がなくても幾度となくハボックがロイを探し回っているのを見たことがあるのだろう。
だが、ハボックには彼らにロイを発見させるわけにはいかない理由があった。
「・・・あの人を見つけるのは俺の仕事だからさ。譲るわけにはいかないんだ」
一息に言いたいことだけ言うと、窓際に追い詰められたハボックは窓を全開にして、ひらりと二階から身を乗り出した。
あ、と驚く間もなくしなやかな身体を使って器用に地面に着地する。軍の施設なので二階とはいえ結構な高さがある。
「悪いな!」
そのままだーっと走り去るハボックを追って、飛び降りる勇気のある者はその場にはいなかった。
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