5 医務室
ヒューズが将軍の執務室を辞して、エドとアルがホークアイに出会ったのと丁度同じころ。
「大佐ー、いい加減出てきてくださいよー」
「逃げたって仕事は終わりません」
「今なら中尉もまだ怒ってませんよ……多分」
かの女傑の武装を目の当たりにしているだけに最後のひとことは絶対嘘だと心の中で突っ込みを入れつつ、不毛な探索劇を繰り広げているのはブレダ・ファルマン・フュリーの3人組である。
捜索をはじめて1時間ほど経過したが、収穫らしきものと言えば彼は現在上着を着ていないということと、大親友であるヒューズ中佐に助力を求めたくらいで。
不幸中の幸いというのか、そもそもこの不幸のはじまりはたいそう人為的で個人的なものなのでちっとも幸いではないのだが、今日の司令部はみんな揃ってデスクワークの日だ。
いくらロイでも会議を放り出すほど非常識人ではない。もっとも指折り数えられるほどはそういう暴挙に及んだこともあるのだが。
逆に外仕事だったらこんなことせずに済んだのではと文句を言ってみたところで事態は変わらない。
ロイが見つかるかホークアイの怒りが静まるか。後者は限りなく難しい。結局ロイを見つけるしか彼らに明るく平和な職場は戻らないということである。
「いませんねえ」
「とりあえず俺ら以外にも探してる人間がいると考えてもこんだけ見つからないんじゃ、司令部内のどこかで行き倒れてるとかじゃねえんだろうな」
「いつもハボック少尉はどうやって探すんでしょうな」
「あいつは鼻が人間の10倍利くんだよ」
「えっ、そうなんですか?!」
投げやりなブレダにフュリーは素直に食いつく。
頭が痛い。実力はあるが変わり者揃いと言う評判のマスタング一派の中でブレダは限りなく常識人だ。
ロイは人として人格が破滅寸前だし、ホークアイも切れると怖い。ハボックもロイのことだと見境をなくすし、ファルマンはあたり構わず自分の世界に没頭するし、フュリーは天然ボケだ。
……もう勘弁してくれ。冗談だと弁解するのも面倒でそのまま流した。
「こういうのはどうでしょう?大佐の好きなものでつるというのは」
「いいですね、それ!獲物を罠に引っ掛けるみたいで」
「それで、好きなもんって?」
「・・・・・・・・・」
ロイの好きなもの。
まず思いつくのが女性。若かろうが老いていようが、美人だろうがブスだろうが女性というだけで彼は限りなく紳士だ。本人は女性を褒めるのは男の義務であり、女性を食事に誘うのは男の嗜みだというが、ようするに女好きなのは疑うべくもない。
しかし、東方司令部の女性職員はほぼ全て彼の味方であるのでロイを燻りだす協力はしてくれそうにもなく、ロイもさすがに警戒するだろう。外で他の女性を探すなどと言うのはさらに無理な話。
他には甘いもの…だろうか。何気に甘党でコーヒーももはやコーヒーとは思えない甘ったるいだけのものを飲んでいるし、土産や差し入れでもらうお菓子類を喜々として口にする。しかし、甘いものと言っても砂糖をぽんと置いたところで食いついてくるわけもないし、ケーキもクッキーも羊羹もない。
コーヒーにしたってロイ専用コーヒーを入れるのはハボックの仕事である。おそらくロイ自身自分のいちばん好きな砂糖とミルクの配分など知らないに違いない。
考えてみればハボックがいない日にわざわざいなくなるロイもなかなか用意周到である。
「……頭痛い」
平和という二文字がはるか遠くに見え、思わずぽつりと呟いた。
「大丈夫か?」
「医務室にでも行きます?」
そのひとことで気がついたが、普段ロイは中庭だの書庫だのお世辞にも寝心地がいいとは思えない場所で寝ている。
昼間ならばサボりという後ろめたさもあるのかもしれないが、夜勤で仮眠をとる時でも左官用の立派な仮眠室があるにも関わらず下士官に混じって普通の仮眠室で寝る。
どういう理屈なのか眠るのは好きだが、熟睡はしたくないらしい。
戦時中やテロなどの厳戒体制下ならともかく、現在は東部の戦争も南部の小競り合いも終わりかなり平和に分類されるほうだというのに。
そこに日ごろ奔放なロイの屈折が見える。
「まだ医務室は見てなかったな」
「そうですね」
「普段いない場所にいる可能性が高いかもしれませんな」
そして勢い込んで3人は医務室に行く。
どうかいますようにと心の中で手を合わせて扉を開いた。
突然騒々しくなる医務室に軍医は顔をしかめたが、ベッドはがらんとしており軍医に聞いたところ自分が出勤してからはロイは来ていないと無残な答えが返ってきた。
「「「はあ」」」
3人の心は今まさにひとつになっていた。
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