基本的に平和ボケしている東方司令部が、なにやらいつもと様子が違うのに最初に気付いたのは弟だった。 ロイに定期報告をするために数ヶ月ぶりに東方を訪れた鋼の錬金術師エドワード・エルリックとその弟アルフォンス・エルリックだ。 「ねえ兄さん、何だか今日は様子がおかしくない?」 「そうか?」 「みんな忙しそうに行ったり来たりしてるし・・・何かあったのかな」 「そんなの大佐に聞けばいいじゃん。行くぞ、アル」 ぶっきらぼうな調子でかえす兄に、心優しい鎧姿の弟はため息を付くのを禁じえなかった。 エドワードとロイは顔を合わせば穏やかではすまない仲だ。 少なくともロイは兄弟を憎からず思い禁忌を犯した彼らを保護しようともしているのだが、素直になれない性格が災いしてヒューズやホークアイのように普通に大人として接することができない。 エドにしてもその年齢には似つかわしくないほど聡いのでロイの真意に気付かないはずはないのだが、ロイの態度ややりかたが気に入らないのは気にいらないので、つい頑なになってしまう。 アルとホークアイのとりなしがなければ、いつも子どものような言い争いをする。 無言のまま足早に廊下を歩く小さな背中を見つめながら、司令部へ向かった。 「ホークアイ中尉」 「あら。エドワードくん、アルフォンスくん」 司令部へ続く階段の踊り場でロイの副官を見つけた。 単に報告をするだけならホークアイに預けるほうがしょっちゅう所在の知れないロイを探すよりも手っ取り早い。 だが嫌っているくせにエドワードは必ずロイに会いにゆく。何か情報をもっているかもしれないからというのが彼の言い分だが、それだけではない歪んだ感情が見え隠れしているような気がした。 「こんにちは・・・ってなんか凄い格好してますね」 「ええ。いまちょっと捕り物の最中なの」 上着を脱いでこれでもかというくらいガンホルダーをあちこちに装備している姿はなかなか圧巻である。まるでジャングルでゲリラ戦を展開している兵士のようだ。 「俺たち大佐に報告書持ってきたんだけど、大佐いる?」 「それを捕獲しようとしているところよ」 「まーたサボってんのか、あの給料泥棒」 さまざまな人種が入り混じるアメストリスの中で、今ではかえって珍しい純粋なアメストリス人の証である猫のような金色の目を細めながらエドが悪態をつく。 「ハボック少尉は?」 やはりロイをよく知る人間はロイの逃亡=ハボックが探索というのが分かっているらしい。 「それが出張で夕方まで帰ってこないの。どうしても今日中に仕上げなくてはならない仕事があるのに大佐がそれをまだ片付けていないのよ」 「ふーん・・・」 考えるようなそぶりをしてから、弟のほうにちらりを視線をやる。この場で兄の考えそうなことはひとつだ。アルフォンスは兄さんの好きにしていいよとうなずいた。 「俺たちも大佐に用が合って来たんだし、手伝おうか?」 「助かるわ。もし見つけてくれたら明日一日貸し出しをすることになっているから、調べものの手伝いをさせるなりなんなりさせて構わないから」 「オッケー!」 悪戯を思いついた時の子どものように瞳が楽しげな輝きを帯びる。たまに大人のような表情をするが本来はまだ大人に守られていてもいい15歳の少年なのだ。 駆け出そうとするエドを追ってアルが巨体を方向転換させたときに、それは起きた。 にゃー。 かりかりかりかり。 「・・・あ」 「・・・アル」 一瞬の気まずい沈黙が流れたあと、汗など流れない体のアルフォンスの心の中に冷や汗が流れた。 「お前また猫拾ったな!」 「だって可哀想だったんだもん!飼ってもいいでしょ?!」 「駄目だって言ってるだろ!」 「兄さんのひとでなしー!!!!!!」 がしゃんがしゃんと音を立てながら走り去る弟を兄が追うという、東方司令部でも何度となく繰り返された不毛なやりとりが再び幕を開けた。 「大佐を見つけたらお願いね!」 「了解!」 後ろからかけられる声にエドが答えながら、あっという間に二人は廊下を駆け抜けた。 突き当たりから中庭に出てしまったアルを体が軽い分だけすばやいエドが難なく捕らえる。 「こら、アル!」 日頃は体格差だけでなく短気なエドをアルがなだめるという構図のせいで、まるで逆だといわれる兄弟関係だがやはりエドはアルの兄である。きつく呼び咎められると怒られるんじゃないかと思うし、しょんぼりとなってしまう。 「・・・・・・」 「生き物はおもちゃじゃないんだ。可哀想だけど、俺たちは何もしてやれない」 もう飽きるほど繰り返されたが、その度にエドは粘り強く続けた。戒めるように。 本当はアルも分かっているのに、分かっていないふりをしているのだ。忘れないように。 「大佐を見つけたらさ、明日一緒に飼ってくれる人を探してもらおうな」 「・・・ごめんなさい」 優しく宥めるように言われて、大人しく猫を取り出すと兄の手に渡した。 黒くつやつやの毛並みを持つ綺麗な猫だった。なんとなくロイが動物だったらこんな感じかなと思ってしまう。 エドも同じことを考えたらしく、うっかり口にしたあと慌てたように取り繕った。 「この辺にいるかもと思っただけだからな!」 「はいはい」 この中庭は少し歩くと木などに隠れて建物からは丁度死角になる場所があるので、実際ロイがここに隠れていたこともあるのだ。 だがゆるやかな風にさらさらと葉が揺れただけで、あたりの木陰を覗き込んでもそれらしき人影は見当たらない。 別の場所を探そうと建物に引き返そうとすると、それまで大人しくエドの腕の中にいた猫がするりと抜け出して庭を横切って消えてしまった。 気ままで勝手な所までロイに似ている。 ***** ヒューズに続いてエルリック兄弟まで登場。普段やらないのでオールキャストで。 |
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