3 将軍の執務室
マース・ヒューズという男は空気のような男だ。
もちろん存在感がないというわけではなく、どこにいてもすんなりと周りに溶け込めるという意味で。存在感だけ言うならさすがロイの親友というだけあり、かなり強烈だ。
20代にして佐官という出世組なのに上司扱いされるのが苦手で気安いし、多少おせっかいな所もあるが誰にでも分け隔てなく親切だし、特別ハンサムという訳ではないが男らしい魅力がある。
だが彼の存在をもっとも強烈にしているのは家族を溺愛していて、愛娘の写真を常に持ち歩いては人に見せびらかすその癖だろう。彼が東方司令部に来ると行く人行く人に写真コレクションを見せて長々と解説を始めるので、たまったものではない。
ただそんな彼がもう一人溺愛しているのが、士官学校時代からの親友であるロイ・マスタングである。
20代も終わりの男であるにも関わらずそれこそ目に入れても痛くないとでも言わんばかりで、父が娘にするようにべたべたに甘やかすのである。
ロイがここまで我侭に育ってしまったのは絶対にヒューズのせいだと思っている人間は少なくない。
だからロイは他の誰よりもヒューズを頼りにしており、ロイに何かあればまずヒューズに連絡するということはロイに近い人間なら誰でも承知している。
しかし二人は共に佐官という忙しい身で、何より中央と東部と離れすぎていた。実際にロイに何かあったとしてすべてを捨てて駆けつけたとしても、間に合うか分からないのだ。
ヒューズはそのことを歯がゆくも思っていたが、彼にはホークアイという優秀な副官がいるし、東部で役に立つ犬も拾ったらしいので当面のところは安心かと思っていたのだが。
「よお、ロイが逃亡中だって?」
「ヒューズ中佐」
その空気のような男はいつも連絡なしに突然やってくる。ロイを驚かすのが趣味なのだ。
「リザちゃんの声怖かったな〜」
虫の知らせというわけではないが、無理にヒューズが直々に来なくてもいいような仕事を理由にして東方司令部に赴けば、ホークアイのブリザードがお出迎えをしてくれた。
曰く、ロイが逃亡した。中央時代もよくそれでホークアイを困らせていたが、その癖は一向に直っていないらしい。
とりあえずロイ直属の部下たちの仕事場である司令部へ顔を出すとブレダ、ファルマン、フュリーの3人が今現在自分たちの置かれている状況を切々と訴えてきた。
「ワン公はどうしたんだ?」
東部で拾った犬がロイ探しの名人であることは情報部の彼はとっくに掴んでいる。
「ハボック少尉は出張で昨日からセントラルです。お会いになられませんでしたか」
「昨日はばたばたしてたからな〜。そういや東部から大総統府へ届け物があるとか聞いたような気がするが確かめてなかったな」
「中尉よりも先に大佐を見つけないとなんだか怖いことになりそうで……」
「まああの様子じゃ銃殺だな」
「そんな軽く流さんでください!真面目な軍人の平和な生活を助けてくださいよ!」
基本的に博愛主義者なヒューズだが、男三人に泣きつかれてもあまり嬉しくない。わかったわかったと生返事をしつつ三人を引き剥がす。
「早く帰ってエリシアちゃんにも会いたいが、ロイも心配だからな」
ぱっと三人の顔が明るくなる。
俄か探偵を任じられたヒューズはふと近くの机の上に軍服の上着が置かれているのが目に入った。角度のせいで階級までは読み取れない。
「なあ、あれはロイのか?」
「さきほど大佐の執務室の机の下で拾いました」
近寄って広げると確かに大佐の階級章が縫い付けてあり、今現在東方司令部に大佐の階級をもつ人間はロイしかいないので彼のものと見て間違いないだろう。
上着も着ずにふらふら何やってんだと思わず不良娘をおもう父親のようなため息が出る。
「とりあえず俺は仕事をしてからな。将軍にサインを貰ったら一緒に探してやるから」
お前らは中尉の機嫌を損ねないように探しているふりだけでもしたほうがいいぞと廊下に送り出して、その足で東方司令部で一番偉い中将の部屋へ向かう。本来ならロイのサインで事足りるのだが、いないので仕方ない。
「失礼します。中央司令部のマース・ヒューズ中佐です」
「ああ。遠くからよく来たねえ」
いかにも好々爺な将軍は快く招き入れ、書類にサインをしてくれた。それだけの用事だったのですぐ辞そうとすると、まあまあせっかくだしと何がせっかくなのかよく分からないが、チェスの相手をさせられるはめになった。
いつもは他人を喰っているようなところのあるヒューズだが、年の功かなんとなく相手のペースに飲み込まれているような気がする。
「マスタング大佐がいないんだって?」
「そうらしいですね。俺も探すように要請されました」
「それはそれは東方まで来てご苦労だね」
「将軍はどこか心当たりありませんか。マスタング大佐の行きそうなところに」
「うーん、彼はあの外見でなかなか行動的だからね。僕みたいな年寄りには分からんよ」
「そうですか」
「それより君は親友だと聞いたけれども、心当たりがあるんじゃないのかい」
「こっちは門外漢ですから…でも」
こつん、とコマを置けば将軍があっという顔をした。
「チェックメイト」
眼鏡の奥で、優しさの中にも鋭い理知的な色が光る。
「マスタング大佐にはまだ負けたことがないんだけどなあ…餞別にひとついいことを教えてあげるよ」
そうしてヒューズはロイがなにやらスケジュール帳を気にしていたという情報を得た。



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いままで一度たりとも私の書くものに登場したことがないのですが、私はヒューズがすきです。
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