10 やっと見つけた
ハボックの視線の先にはすっかり熟睡してしまっているロイがいた。
最初にブラックハヤテ号がロイの上着を見つけた机の下に収まって隠れていたのだ。
しかしながら朝にこの部屋を訪れたブレダ・ファルマン・フュリーはロイを見ていない。ここら辺がロイの賢いところである。わざと上着を残して注意を惹いておき、皆にロイはここにはいないということを印象付けておく。
この世には消去法という便利な推理方法がある。
一度チェックからはずれたものに対してはノーマークになってしまうのは誰もに言えることであり、まして3人がロイの不在を確認しているのでそれはより強固になる。
あとは一時的に別の場所に隠れていたロイは頃合を見計らって執務室に戻り、定時まで悠々と過ごせばいい。
だがそれは理屈でしかない。
さきほどロイ探しに参戦したばかりのハボックには他の人間の捜査状況など知る術もないし、それでもロイを探し当ててしまうのはやはり彼の嗅覚なのだろう。
それはもう、運命と呼べるほどに。
「大佐」
猫のように丸くなって寝ているその人を机の下からそっと抱き起こす。子供体温なので腕に心地よい。
しばらくハボックの胸に身体を預けるようにしてむにゃむにゃしていたロイが、徐々に覚醒してくる。
「・・・ハボック?」
「もうホークアイ中尉かんかんらしいですよ。あんた今イーストシティ中から狙われているといっても過言じゃないの知ってます?」
「いや・・・ってお前、今日は出張で夕方に帰ってくるのではなかったのか?」
ぼーっとしながらでもさすがは大佐。仕事のことになると無意識でも反応してしまうらしい。
「あんたに会いたくて急いで仕事片付けてきました。そしたらこの騒ぎだからびっくりしましたよ」
「・・・そうか」
ロイは安心したようにふわりと優しい笑みを見せた。
この小さな場所に満ちるのは、ささやかで幸福な恋だけのように。
ベッドを共にするような仲になってもなかなか本心を見せない彼が、こんな無防備な笑顔を自分に向けるのは珍しい。寝ぼけているからなのかもしれないけれど。
本当は、恋なんてしないほうがいいのだ。
自分はこの人に命をかけている。死ぬときはロイのために死ぬ。守り抜いてそれで裏切り者と罵られても。
お互いそれに気付いている。
だけど止まらない。誰かをすきになる気持ちが理性や常識でやめられるものなら、セックスをして子供を作って種の保存だけしていればいいはずなのに、とめられない気持ちは壊れた蛇口から注ぎ出る水のようにやっかいだ。
「あんたを見つけるのは俺だけで良いんです。よかった、他の奴らに先を越されなくて」
「さすが犬だな」
からかわれているのだとは分かっていても、こんなわずかな駆け引きすら甘い情動を身の内にもたらす。
後悔は、いまするためにあるんじゃない。
「やっと見つけた」



結局ハボックと一緒に司令室に戻ったロイは「お説教は後です。すぐに仕事を」と言われて何とかぎりぎり書類を片付けた。
もう絶対間に合わないと思われていたのだが、その気になればちゃんとできるのである。その気になるのが遅すぎるだけで。それも覚悟した上でロイの部下でいるはずなのに、毎回大騒ぎになってしまうのはそのあまりに強烈な存在故なのだろうか。
ようやく一息ついた後、静けさを取り戻した執務室にはロイとハボック、ホークアイの3人が残っていた。
ブレダ・ファルマン・フュリーの三人は晴れて通常業務に戻ることができ、ヒューズはあんまり心配をかけさせるなとかるくロイを諌めてから中央に戻り、エドワードにいたっては簡潔に報告だけすませると馬鹿馬鹿しいと言い置いてアルフォンスと新たな旅に出てしまった。
「・・・で?大佐。説明してください」
泣く子も黙るような鋭い視線を向けながら、ロイの気まぐれの犠牲者であるホークアイが尋問するときと同じ口調のまま詰め寄った。
「・・・うむ・・・その、な・・・今日は」
「今日は?」
遠慮などと言う言葉とは縁のなさそうな上司がめずらしく言いにくそうに口をもごもごさせる。
何やら事情を知っているらしいハボックは「ほら」と肩をたたいて優しく促せば、意を決したようにロイは机の引き出しから何やら包みを取り出した。
ずいっとホークアイの手にそれを押し付けるように渡す。
基本的に女性相手にはスマートな紳士なのに、すでに男だとか女だとかいう付き合いでもないホークアイに対しては照れくさくてできないのだ。
「私に?」
「ああ」
包みの中には中にはガンベルトが一本。手に取れば丈夫で素晴らしい一品だということが分かる。
「・・・・・・?」
ロイの真意が分からない。これはお詫びということなのだろうか。でもそれならきちんと申し開きをしてからというのが筋だろう。
そんな疑問に気付いたのか、取り繕うようにロイは言った。
「・・・今日は君の誕生日だったと思い出してな」
言われてようやく思い出した。
しかしそれなりに長い付き合いになるが、かつて一度もロイがそんなことをしてくれたことはないし、それどころか自分の誕生日を知っていたのかどうかすら怪しい。
一体どういう風の吹き回しなのだといぶかしく思ったが、一瞬でその考えを打ち消す。
最近は忙しさに追い回される毎日に、自分のことはどんどん省みなくなっていた。
日頃は駄目上司の顔をして周りを振り回しっぱなしでも、ロイはいつでも周りを気遣っているし大切にしている。
言葉や態度にあらわすことは少ないが、この突然のプレゼントもそういう意図なのだろう。
不器用ながらも感謝と、愛情の。
「普段世話になっている礼をと思ったんだが、かえって迷惑をかけてしまったようですまなかった」
「・・・・・・」
ホークアイが眉一つ動かさず沈黙を守るので、さすがのロイもいたたまれなくなったのか更に謝罪を重ねる。
「・・・反省してるよ。悪かった」
国軍大佐という重職で三十路一歩手前の成人男性だというのに、叱られた子供のように肩を縮こまらせる様子がなんだか可愛くて、ホークアイはようやく表情を和らげた。
「ありがとうございます。でも、今回だけにしてくださいね」
毎年されたら皆が大変ですからといたずらっぽく付け加えれば、笑ってイエスと答えた。



かくして馬鹿馬鹿しくも、嵐のような一日はあわただしく過ぎ去った。
ホークアイも通常業務に戻ったが、今日は用事があるからと定時になるとブラックハヤテ号を連れて帰った。
これまで誕生日だろうがクリスマスだろうがその手の行事にはいっさい興味を示さなかった彼女なので、一瞬恋人かとファンの男たちが顔色を変えたが真相は結局明らかにはなっていない。
そして夜も更けたころ、人気のなくなった執務室には今日一日の大騒ぎを起こした張本人と、見事に騒ぎを収集させてみせた英雄が残っていた。
急ぎの仕事だけは何とか締め切り前に片付けたものの残業である。
ちゃんと仕事はしたのに何で残業なんだとしかめっ面で書類に目をやるロイとは裏腹に、ハボックは煙草のけむりをぷかぷかさせながら満足げな表情でロイの仕事に付き合っていた。
その理由はいわずもがな。
「大佐、明日は休みなんですよね」
「そうだ」
「明日一日あんたは俺のモンらしいですよ」
「私はそんなこと認めてない」
「まあそうなんですけどね。大体あんたは俺のものじゃないけど、俺はあんたのものだし」
「そんな悠長なこと言ってたら、また逃げ出してやるからな」
憎まれ口をたたきながらも、彼がもう明日はハボックと一緒にすごすつもりなのだということは間違いないだろう。
弾むような声音がそれを教えてくれる。
けれどロイがハボックをすきだということと、ロイがハボックのものになるということはイコールではない。
悲しいほどの確信をもって、ロイは決してハボックのものにはならない。それでも。
「見つけますよ。どこにいても、どれだけかかっても、必ず」
見つけられたときの、ばつの悪そうなほっとするような顔を、誰にも渡したくないから。
それだけは自分のものだから。
「だからとりあえず今は」
ロイを腕の中に抱きしめる。
ここにいて。ここにいて。ここに、ここに。
いまは探さなくてもいいように。
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