1 机の下
その日、イーストシティは文句の付けようのないくらいの見事な晴天であった。
但し、それはある一角を除いて。
軍事大国のアメストリスでは軍組織はかなり大きな権力を持っている。ここ東方司令部もイーストシティを管轄下におく東の最重要施設である。
総司令官は定年を前にした気のいい中将だが、実質的な司令官は20代にして左官を上り詰めたロイ・マスタング大佐だ。
ただ、上には上がいるのが世の中の常だった。
晴天のイーストシティで絶対零度を作り出しているのは、マスタング大佐の右腕として名高い金髪の美女リザ・ホークアイ中尉。いつも二丁の銃を携帯しているという男顔負けの凄腕のスナイパーだが、今日は更に三丁をもって今から戦争にでも行きそうな出で立ちであった。
日頃は頭に血が昇りやすい上司の諌め役でもある冷静な女性だが、時に実力行使すら辞さない苛烈さも潜んでいる女傑だ。彼女をここまでに怒らせたのは勿論、朝から姿の見えない上司である。
ロイは女好きで通しているだけあって女性の扱いには長けているし、若くして出世したため一回りや二回り年上でそれこそ狸の親父たちを扱うのは格段に上手いのだが、どうしたことか女性で階級も低いこの中尉には頭が上がらなかった。
仕事をサボっても最終的には己が怖い目にあうのは分かっているので、ほどほどのところでやめる。特に東方に来てからは彼のかくれんぼを見つけるのが得意な犬までいるので。
しかしその日、前日から夜勤であったはずのロイの仕事は全くといっていいほど片付いておらず、もぬけの殻だった部屋には朝礼の時間になっても人が戻ってくる気配はなかった。
最初はなにか事件かと思ったが他の夜勤の者に聞いてみたところホークアイが出勤するわずか数分前まで、ロイは落ち着かない様子で司令部内をうろうろうろうろしていたらしい。
これは本格的にサボリである。彼女が思考したのはものの数秒だった。
これは、徹底的にこらしめるしかない、と。
『東方司令部全職員にお知らせします。ロイ・マスタング大佐が行方不明になりました。今日中に提出しなければならない書類が山のように溜まっているのですが、このままでは時間切れになります。そこで手の空いている者は捜索に協力をお願いします。一番に見つけた人には明日一日非番のマスタング大佐を貸し出しいたします。仕事を手伝わせるもよし、食事をおごらせるもよし、大佐の権限と所持金内で可能、且つ法律に反することでなければなんでもさせて構いません。そういうことなので大佐、今日一日は思う存分おくつろぎください』
兵は拙速を尊ぶとは昔東の国で偉い人が言った言葉らしいが、彼女の行動は早かった。
こうして朝一番に流された放送が、この日の東方司令部を大嵐に陥れたのである。



「そういうわけだからいいわね?」
この状況でホークアイに逆らおうなどという命知らずがいるはずもなく、賢明な司令部の面々はもちろん素直に頷く。
もはや自分の仕事がどうとかこうとか言っている場合ではない。下手をすれば東方司令部壊滅の危機である。
がしょーん、がしょーんとホラーな音を鳴らしながら、力いっぱい武装した上官を投げやりな敬礼で見送った。
「なんでこういう時にあいつがいねえんだよ・・・」
ブレダは空の机を見てため息をつく。
「ハボック少尉は今日の夕方に出張から帰ると言ってましたが」
「じゃあ僕たちでなんとかしないと駄目なんですね・・・」
サボリ中のロイを探すことに関しては動物並みの嗅覚を持ちあわせているハボックは、昨日から出張で今頃はセントラルにいるはずだ。
普段なら彼に任せておけばものの10分で発見に至るのだが、ロイは毎回違う場所に隠れているのでそれをこの東方司令部の中からひとつひとつ探すだけでも一時間はかかってしまう。
だがハボックがいつもどうやって探し当てているのかと言えば勘というなんともいい加減なもので、心当たりなんてさっぱりだった。
「これは、虱潰しに探すしかねえなあ」
「我々が見つけなければ血を見ることになりそうだしな」
「大佐、大丈夫でしょうか?」
本気で心配しているのはフュリーだけで、あと二名はいい迷惑だと思っているのだが、彼らにしたってロイはともかくホークアイは怖い。東方司令部でもっとも怒らせてはいけない人である。
はあ、とやる気のないため息をつきながら椅子から腰を上げた。するとわん!と勢いよくブラックハヤテ号の声が聞こえた。
フュリーが会いたいというのとロイがひそかに軍用犬化を目論んでいるので、たまにホークアイが連れてくるのだ。
泣き声は隣のロイ個人の執務室からで、一同が部屋を覗き込むと机の下に向かって吠えている。
「なんだなんだ、大佐でもいたのか?」
ブレダを置いて近寄ってみると机の下に人はいなかったが、大佐の階級章つきの上着が取り残されていた。



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さて、ロイはどこへいったのでしょう?
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