2 身長
その日ロイはひとりでイーストシティに新しく出来た美術館の視察に訪れていた。
普段なら管轄内であろうと街を視察する際はホークアイかハボックが護衛に付くのだが、ホークアイは生憎非番ハボックはとある理由で連れて行きたくない。他の3人は格闘も銃の扱いも一通りはできるが、護衛として対テロ用の実践的な訓練をつんでいる2人と比べればあまり頼ることも出来ない。いざという時ひとりのほうがまだマシだ。
喧嘩をしたわけでもなければ、特に不興をかった覚えもないのに、どうしてそんなにハボックを連れて行きたくないのかロイは頑として語らなかったが、とにかく護衛は不要の一点張り。
普通ならそんな我侭が通るはずもないのだが、上が白と言えば黒だろうが赤だろうが白と言う軍人社会。大佐という肩書きを最大限に利用して護衛を撥ね付け、譲歩した結果ロイ個人にではなく施設の警備にあたる憲兵を増やした次第である。
我ながら馬鹿馬鹿しいとは思ったのだが、やはりそこは男の威厳に関わる問題なので。
ロイは忌々しいため息をつきながら、館長の説明を右から左へ聞き流していた。



「ハボック、お前何かやったのか?」
朝のロイの態度に同僚たちが心配顔でデスクの周りに集まる。
お前は来るなと凄い剣幕で撥ね付けられた本人はといえば、呑気に煙草をふかしていたりなどするのだが。ふーっと吐き出した紫煙が空気に溶けて消えた。
「それがさっぱり思い当たることがないから困り果ててる」
困っているならもっと困っている顔をすればいいのだが、飄々としていてどこか掴み所のない男は開け広げなようでいて案外他人に本心を見せない。それでいて腹に一物あるような濁った気配がしないのは、性格に表裏がなく私利私欲とはまるで無縁な所。何より心底ロイを慕っているからに尽きる。
それが分かっているからこそ、何気ない風を装って何が起こったのか周りがやきもきさせられることもしばしばなのだが。
「この間エルリック兄弟が来たあとから変な感じはしてたんだけどな、それが決定的になったっつーか」
思い返すとロイの態度がおかしくなったのは二日前からだ。
エルリック兄弟が連絡もなしに突然ふらりと東方司令部を訪れ、顔を合わすなりエドワードとロイはいつものくだらない喧嘩をはじめた。ここまではいつものことなので誰も割って入らない。ホークアイでさえ仕事はきちんと今日中にと釘を刺すだけで、二人のやり取りに積極的に介入はしない。
エドの本心は分からないが、皮肉や憎まれ口を叩きつつもロイがエドを憎からず思っていることや、親を亡くした彼らのことを殊更気にかけているのを知っているからだ。
「豆」だの「無能」だのと世にも低レベルな喧嘩が繰り広げられ、適当な所で切り上げてまた当て所のない旅へ出る。二人は別れの挨拶すらしない。エドはロイに何かを望んだりしないし、ロイもエドに何も望まないからだ。
ただ全く別の目的のために、全く別の道を歩くふたりは容姿や年齢に関係なく時々ひどく似ていると思う。
それが何なのか分からないことが、少しだけ悔しいと思うだけで。
その日も言いたいことだけ言ってエドワードはいなくなり、台風一過とまでは言わないがやや騒然とした空気がすうっとおさめられて、通常業務に戻ったはずだった。
しかしロイの帰宅時に普段ならハボックがするはずの運転役を、その日に限って下手な言い訳でブレダを指名し、昨日は昨日で資料室に本をとりに行く際、いつも便利に使われるハボックではなくホークアイを連れて行く。普通に考えれば避けられているようだが、別にハボックに対して怒っているふうではなくただ少々ぎこちないだけだ。
腹に一物も二物もあるような人間だが、言いたいことは言ってしまう人なので明らかにおかしかった。
それとなく話題を振っても、優しい言葉をかけても、適当に流してしまうだけで結局原因を突き止められないまま今日が来て、ハボックを護衛にするくらいならひとりで行くと言い出す始末なのだ。
怒っていたり臍を曲げているのならまだ懐柔のしようもあるというものだが、どちらでもないのはたちが悪い。
ロイが非常に扱いにくい人間であるのは昨日今日に判明したことではない。喜怒哀楽自体は非常に分かりやすいのだが、そのラインは非常に変則的でぐねぐねとしており、些細なことで喜んだり突然不機嫌になったりするのだ。傍から見れば理不尽に思えることでも彼には彼の理由もルールもあり、尊重できる限りは尊重したいと思うのだが。
それも最近は大分彼を理解できるようになってきたと思っていただけに、軽くいらだちすら覚えてしまう。
本当は彼はまだ殆ど何も語っていない。それはイシュヴァールのことだけではなくロイ自身のことや考え方、何を好み何を厭うのか。仕事やプライベートで少しずつ時間を重ねていく中でハボックが丁寧に拾い上げているだけで、彼自身が明確な言葉を持って語ったことなどそれほど多くはないのだ。
けれど大総統になるという夢を、冗談でも誇張でもなく真摯に告げた。その一言でハボックはすべてを決めたのだ。
ロイが何を言わなくても命をかけるのに十分な相手だと、勝手に命をかけているのは己だというのに。
ハボックは短くなった煙草を灰皿に押し付け、すぐに次の一本に手を伸ばす。手になじんだ感触。匂い。味。母親を見失った子供の無防備さのような、ないと落ち着かない感じだ。それと同じようにロイに遠ざけられているのは、彼に自分の軍人としての意義を捧げている身としては落ち着かない。
いらいらを沈めようとポケットからライターを探り出していると、問題の人物がハボックの内心の苛立ちも知らぬ顔で司令室に顔を出す。普段なら一人では何もしない人間が、きちんとコートを着込んで発火布をはめて外出の準備OKになっている。それだけハボックに頼りたくないという並々ならぬ決意だ。
「フュリー曹長、車を出してくれ」
「あ、はい」
まだ幼さの抜けない年若い曹長が自分の仕事をおいて立ち上がる。
ロイとそれを追う背中を見送りながら、ハボックはあれこれ思案しながらも、
「だからって本当にひとりで行かせるわけにはいかないよな・・・」
火の点いていない煙草をくわえたまま密かにロイを追って廊下へと出た。



決して芸術を解さないわけではないが基本的に情緒よりも理論を重視する科学者の質なので、抽象画の意味だの何だのを説明されても殆ど興味を掻き立てられなかった。失礼にならない程度に相槌を打ちつつ、やはりこういう仕事は将軍のほうが向いているなと考える。
今日は口うるさい護衛もいないので帰りは可愛い女の子がいる喫茶店でケーキでも食べて帰ろうなどと、気を抜けばもれそうになる欠伸を噛み殺しながら、隣の展示室へ目をやったその時だ。
それは勘だった。
いくつもの命を奪い、何度も命を狙われてきたロイが身に着けざるを得なかったもの。
殺気というほどぎらぎらと強烈ではなく、死に対しての哀れみでもない。ただ深く冷たい感情の隙間みたいなものが、その男の瞳から感じられた。こちらを見ている。
「伏せろ!」
ロイの声が室内に響いた。それに銃声がかぶさる。
誰かのきゃーっと言う悲鳴が聞こえ、それをスイッチにして静かだった室内の空気が一瞬で膨張し、破裂した。
伏せろと叫ぶのと同時に横へ飛んで一発目はかわしたが、屋内で下手に焔を扱おうものならテロなどより重大な被害が出てしまいかねない。そんな一瞬の逡巡でも見逃してくれるほど甘い相手ではない。
犯人が再びロイに照準を合わせて引き金に手をやるのとほぼ同時に、ばっと憲兵のひとりがロイをかばって床に倒れこむ。ロイひとりを抱きこんでもすっぽり包んでしまえるほどの長身だ。
振り向きざまに拳銃を犯人に向けて二、三発放ち、命中した弾に犯人がよろめくところを周りの憲兵が押さえ込んだ。
憲兵にしておくには勿体無いくらいの見事な腕前である。少なくとも殺気を感じさせなかった犯人は素人ではない。それをあの体勢から確実に撃ち取るのは軍人だとしてもかなりの訓練を積んでいないと難しいのを、一瞬のうちにやってしまったのだ。
白昼突然の発砲騒ぎに騒然となっていた館内に、乗り込んできた青服の軍人たちがそれを抑えた。
押し倒されたままだったロイは勇気ある憲兵に礼を言って起き上がろうとする。軍の行使権の下にはあるものの、憲兵というのは基本的に街の安全を守るためにいるのであって、要人警護などは彼らの仕事ではないのだ。だがその憲兵はなかなかロイの上から退こうとしない。
いぶかしく思って顔を覗き込もうとすると、上体を起こしただけの格好で突然抱きすくめられた。一瞬何事かと身を固くする。殺気は感じられなかったがもしかして憲兵に変装したグルだったのかと思った。
ふわりと嗅ぎ慣れた香りが鼻を付いた。苦い、煙草のにおい。
「ハボック・・・?!」
帽子をかぶっているため鮮やかな金髪が隠れてしまっていることと、室内は禁煙のためトレードマークの煙草を銜えていないので気付かなかったが、よく考えればこんなでかい男などそうそういるはずもない。
顔を上げて確認してみれば、間違いなく自分の部下のハボック少尉である。
司令部で待機するように命じてきたはずの彼が何故こんな場にいるのか。
「お前、何してる!」
つい先ほどの襲撃事件などよりも、よほど驚いた声を張り上げた。
怒鳴りつけられた本人はダメージを受けた風もなく、当然のように受け答える。
「何ってあんたの護衛に決まってるじゃないですか」
「護衛はいらんと言っただろうが!」
「あんたがいらなくてもこっちはそういう訳にはいかないんです。現にいま起こったじゃないですか。自分がどれだけ命狙われてるか知ってるんですか?」
「だからってとにかくお前は嫌だ」
「我侭言わないでください。ホークアイ中尉に24時間365日警護させる気ですか」
「・・・・・・」
ハボックの言い分が正しいのは分かっている。しかし本当の理由は言えないし、ロイは言葉に詰まるしかない。社交上手で弁の立つ男なのだが、ハボックのように正直一本で純朴な人間にはとんと弱いのである。取り繕えば取り繕うほどボロが出るのを経験済だ。
そのうちに男を収容し終えた憲兵たちがロイにさまざまな報告にあがったので現場の指示をし、昼間の突然の銃撃事件に腰を抜かした館長に見舞いの言葉とお詫びをいれ、慌しく無事にすまなかった視察は過ぎていった。その間中ずっと、憲兵服に身を包んだハボックはロイを守るように傍から離れなかった。
意識しなければ気付かないけれど、自分よりも頭ひとつ高い身長。太い腕と広い肩。一回り大きい鍛えられたしなやかな体で、本気で噛み付かれれば純粋な体力勝負では敵わないだろう。
いつもいつも、この背中に、この腕に、かばわれ守られてきたのだということが今更のようにのしかかる。
副官のホークアイのほうが実践慣れしている上に銃の腕が立つ。しかし彼女はいくら腕が立っても自分よりずっと華奢な女性だ。何かあったときに自分の盾にはならない。
そんなことは分かっているのだ。
しかし人間兵器と言われようとも、人間なのだ。誰かの命を、己の盾にするような生き方はしたくないと思っている。
そしてロイを慕い、付いてきてくれる周りの人間がそうは思っていないことも。
誰よりいちばん最初に、この野生の獣のような鋭い瞳を隠し持っている男が。



あたりはもう薄暗くなり、太陽は西の空へ傾いていた。美術館の白い壁が朱色に染まる。
「お疲れ様でした!」
一通り事件の処理を終え、美術館をあとにするロイに憲兵が敬礼をして見送る。美術館に入るために借りた憲兵の制服を返していつも通りの軍服姿のハボックも後ろを歩いている。ようやく禁煙状態から開放されて、出るなりすぐに火を点けた煙草をふかしている。
「おかげで今日の予定が滅茶苦茶だ」
2時間程度の視察のはずが、結局襲撃事件の後始末に犯人の後ろ盾探しと半日かかってしまった。事情が事情なので書類が多少片付いてなくても明日ホークアイには怒られないかもしれないが、のんびり過ごす予定だったのがかえっていつもより慌しくなっただけである。
「大体お前は今日の仕事は片付いてるんだろうな」
数歩後ろをのんびりと歩くハボックをぎろりと睨む。
「言いつけを無視した上に、仕事をしてませんじゃ言い逃れはできんぞ」
「ご心配なく。大佐の護衛があると思ってホークアイ中尉は今日そんなにデスクワークを多くしてなかったんですよ」
「・・・だがハボック少尉。上官の命令にそむいたのだから、始末書くらい書く覚悟はあるんだろうな?」
「始末書の一枚や二枚慣れてるから構いませんけどね。あんたに拾われるまではどの部隊でも問題児でしたから」
反省の色が見えないと憮然としながら、ハボックのほうへ目を向けもせず早足で東方司令部へ向かう。
ここまで根深く不機嫌になるのも珍しい。すぐに臍をまげる子供っぽいところもあるが、甘いものや珍しいもので気をひけばすぐに機嫌を直すところも子供なので、そろそろ癇癪も治まっているだろうと思ったのだがそうでもない。
これは、あまり悠長なことも言ってられないらしい。どうロイの口を割らせようかと思案し、手っ取り早く実力行使に出ることにした。
人通りのない路地に入ると不意打ちでロイを後ろから抱きすくめる。とっさに払おうとする腕を掴んで、その耳元に部下としてではなく彼を想う一人の男として声を吹き込む。
「大佐、いい加減変な意地張るのやめましょうよ。俺に気に食わないことがあるんなら、上官命令なりしかるべき手段を講じてください」
上下関係を持ち出したのはわざとだ。もはやプライベートと仕事を完全に切り離すことができないほど近くにいすぎる彼らだが、ロイがその関係を望まなくなればハボックは自分の感情を切り離す覚悟はできている。この人が大総統の座を目指す限りただの恋人でいることは出来ないが、上官としてのロイに忠誠を誓うだけのただの部下でいることは厭わない。
ここでロイが上官命令という手段に出れば、もう自分は部下としてだけ必要とされているのである。
「・・・ずるいぞ」
ぽつりと沈黙を破ると、そのまま暴れるのをやめて体重をハボックに押し付けてくるロイをしっかりと胸に抱きとめた。
すっぽりと腕の中に納まるその感触に、いつも満たされるような安心感を覚える。
もちろん女性の柔らかな体は好きだが、平均と比べて長身なハボックにはロイくらいの高さがあって丁度良い感じに胸に抱きこめるのである。これがか弱い普通の女性だとやや隙間があるような感じがするのだ。
体制を入れ替えて、正面から抱きしめる。息が苦しいのか少し体をよじってから、最初はおずおずと背中に添えていた手がしがみつくようにぎゅっと強く抱きしめられた。
ややあって、そこそこ鍛えてはいるものの軍人としては細い体から、憎憎しげに棘のある声が吐き出される。
「・・・これが嫌だったんだ」
「はあ?」
「お前の腕に簡単に納まってしまうのが嫌だといったんだ!」
耳まで真っ赤にしながら腕の中で抗議するその人は、29歳の国軍大佐とは思えない可愛さであった。
「何かあったんですか?」
ハボックの問いにロイは観念したように、先日のエドワードとの会話を邂逅する。
不毛なやりとりのあと、部屋から出て行く際に背が低いことを気にしている錬金術師はさらりとひとこと
『大体、大佐だってそんなに背高くねえじゃん』
とぬかしていったのだ。それがいけなかった。ただでさえ童顔で年齢や階級に比例した威厳がないことを気にしているのに、ここへきて背のことまで言われては我慢ならない。特にエドワードと違ってもう成長期などとっくに過ぎているためにこれ以上伸びる可能性がないので。
一般人と比べれば決して見劣りのする体格ではないが、軍人の間にあってはロイはやや分が悪い。特にハボックやヒューズなどの近しい人間はそろって背が高いのだ。対比関係で小さく見えてしまうのも無理はない。だがそこは人一倍自意識過剰なロイなので、自分よりも背の高いハボックを連れて外へ出歩くことを拒んだのである。ただの部下として以上に想っている人間であるのに、変な所で見栄っ張りだ。
そのことを口にするとよほど腹に据えかねるできごとだったのか、また憮然としてハボックの頭を乱暴に撫で回す。
「無駄ににょきにょき伸びおって・・・上司を見下ろすなんていい根性ではないか」
「人を筍みたいに言わないでください。それに伸びたもんは仕方ないんですから、せめてあんたの盾なり役立ててもらわないとそれこそ無駄になるでしょう」
その言葉に、はっとするほど無防備な目を向けられる。
どろどろと煮えたぎるマグマのように凶暴で激しい目が、冷めない熱病を隠そうともしないエゴだらけの人間が、まるではじめて雪を見た人が感動を表すみたいな澄んだ水のような目を晒すのだ。
捕らわれる。
深入りしてはいけない。
頭の隅っこで警鐘が鳴る。しかしそれを振り払って抗うように唇を重ねた。つるりとした白い歯列を割り、赤い舌を絡めとる。瞼の奥がしびれるような深いキスでどんどん侵食される。
坂道を猛スピードでくだる自転車が、ブレーキをかけなければいけないラインを超えて、もう危険だと頭では分かっているのに止められない。あの感じに似ている。
「ここまでだ」
道端だということも忘れそうになっていたハボックから、突然ロイが離れた。赤い唇をぺろりと舐めて、よく見せる人を食った笑みをうかべた。
「私は、お前を盾になんてしない。そんなことは許さない」
「でも俺は」
「先ほど分かったが、盾よりもいい使い道がある。お前、私の背もたれになれ」
それがいいとひとりで納得する頭ひとつ小さな人に、先ほどまで渦巻いていた毒気を抜かれたような気になった。
「それって盾より使い道ないじゃないですか・・・」
げんなりと返事をする。
「そうでもないぞ。使い捨ての盾よりも何度も使える椅子のほうがいい」
それはあまりに遠まわしな、けれど愛の告白に似ていた。

 

ハボとロイの身長差実際のところはどの程度なのか分からないんですが、(アニメの設定資料集にも対比表ないんだものー)ガンガン9月号の表紙を見て頭一個くらい違ってたのでそういうことにしてます。個人的には半分くらいのほうが好みなんですが。シーンによってはそれくらいにも見えるんだが。分からん。ロイたんは筋肉質でも華奢でもなくてもっちりしてる感じがいい。ぷにぷにほっぺ。・・・29歳男に見る夢じゃないよね!(自分で言っててむなしくなってきた)(04/10/2)
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