12 紙飛行機
『人はどうしてバカンスというと南の島を目指すのか』
本日の馬鹿馬鹿しい議題の発案者は、もちろん率先してサボりたがる司令官である。
「南でなくても遊ぶ場所も休む場所も沢山あるだろう。なのに何故現実逃避する人間は南の島なのだろうか」
目の前の仕事からいちばん現実逃避しているのはお前だという突っ込みを上官だからという自制心だけで抑えつつ、一同は黙々と目の前の書類を片付ける。相手にし出したらきりがない。
その後しばらく独自の考察が続いたが、思考が常人には理解できないほどアクロバティックなロイに付いていける人間などおらず、その内に飽きるかと思われたのだが。
「おいハボック、お前はどう思う」
「・・・やっぱあったかいからじゃないんスか」
普段はだらしない印象をあたえるが、意外と真面目なこの少尉は手を動かしつつ当たり障りのない答えを返す。
「夏になると暑いと文句をよこすくせに身勝手なものだな」
自分から尋ねたくせに勝手なコメントをつけて、それからそこにいる面々に同じ質問を繰り返した。錬金術師の習性なのか職業柄なのかは知らないが、ロイはありとあらゆるものを駆使して問題に取り組みはじめた。その情熱の半分でも仕事に傾けてくれるといいのだが、生憎彼はやりだすと生半可なことではとめられない。本気で切羽詰るか、それまでは目の前のものを片付けさせるのがいちばんいいのは時間とともに学習済みである。
お目付け役のホークアイは今日の午前中は外に出ているため、止められる人間もいない。
「南の島・・・南の島・・・確かに食べ物がうまいとは聞いたことがあるが、国境の小競り合いもあるし危ない」
だが嫌というほどにやる気を削いでくれる上司にとうとう周りが折れた。
「・・・大佐、あんた南の島に行きたいんスか」
ペンを置いてハボックが新しい煙草をくわえる。その机の灰皿はもう煙草の吸殻で溢れんばかりだ。
「誰がそんなことを言った。ただ先日セントラルに行った際に話を聞いて興味を持っただけだ」
どうやらここ最近仕事がたてこんでいるせいなのか相当にストレスがたまっていて欲求不満らしい。いくらさぼりが趣味でもいつもはくだらない話をするばかりで、こんな風に現実逃避系の話題を彼が口にするのは滅多にないのである。
フュリーが皆にコーヒーを入れる傍らで、ロイ専用に砂糖とミルクをたっぷりいれた甘いコーヒーを用意した。
「どーぞ」
まったく書類の片付いていない机にコーヒーを置く。猫舌の癖にすぐに口につけようとするので、熱いですよと忠告することも忘れない。
「ほら、ちゃんと冷まさないと」
「うむ」
顔を寄せながら息を吹きかけて湯気を冷ましてやる様子を見ると、あまりのバカップルぶりにブレダあたりは寒くなってくるのだが、残念なことに二人ともそんなことに頓着する人間ではないので。ロイはもともとその手の羞恥心とは無縁であるし、ハボックもハボックで隠すほどのことだとは思っていないらしい。あの上司にしてこの部下ありだ。
「でもいいですよねえ、僕らなんかまともに休みがとれませんから旅行も行けませんしね」
休憩と割り切ってしまえばデスクワークには飽きていたところであるし、もともと仲間内の仲はいいほうなので皆楽しげに話し出す。
「きっと南の島っていうのは平和なところなんでしょうね」
「うまいもんが山とあるといいな」
「見たこともない変わった植物や動物もいるんでしょうな」
「煙草が売ってるかだけが心配だ」
暖かくて、食べ物がおいしくて、景色が綺麗で、世の喧騒とは無縁なのんびりした情景。
戦争の多い国なので、軍人になるのに大層な理由がいるわけでもない。ただ職業のひとつと割り切ってしまえば、軍は慢性的な人手不足なので仕事には困らないし、有事のときは命をかけるのだからそれに見合った収入もある。
けれど、軍人でなければ手に入れられたものというのが存在するのは確かなのだ。
忘れそうになるタイミングでひやりと思い出す。漫然とひきのばされた気持ちが、一瞬で縮こまる氷点下の世界ようにはっとクリアになる。
でもそれだけだ。南の島でこの世の喧騒を忘れるよりも、銃を取って守るべきものが彼らひとりひとりの中にある。
「ようするに南の島というのは、行ったことがないから皆のこうだったらいいなみたいな理想が詰め込まれたユートピアな訳だな。私が大総統になったら一度確かめに行こう」
ようやく納得したらしいロイに皆は仕事に戻ったのだが、結局昼になってホークアイが帰ってきたとき、あまりの進行具合の遅さに怒りを買いロイひとり執務室に閉じ込められてしまった。



「あんたまだやってなかったんスか・・・」
ため息をつきながら、紙飛行機でいっぱいになった床の上を器用に紙飛行機を踏みつけないように歩く。
積み上げられた書類の量は昼前から殆ど変わっていない。
朝の不可解な発言の理由がようやく分かった。中央の上層部から激励という名前で送られてくる嫌味嫉妬で綴られた手紙たち。そんなものにどうこう揺り動かされるようなやわな神経はしていないが、こうも量が多いとうんざりとする。しかしそのイライラを紙飛行機にして遊ぶほどに図太い神経をしているのも如何なものか。
ハボックが部屋に入っても紙飛行機を折っては飛ばす作業を一向に辞めない上司の机へ向かい、あとはロイの承認をもらうだけの書類を未処理の山へ重ねた。途端にそれまでこちらには露ほどの注意も払わなかった人間の、絹のような黒髪から覗く形の良い眉が眉間に寄せられる。
「ハボック少尉。君には上官を労わる気持ちはないのかね」
「もちろんあります。だからこうやって大佐殿のご様子を見に伺っている次第なのですが」
緊急の用でなければ書類はホークアイがまとめて管理しているので、下官が気安く執務室に出入りはしないものだ。最もロイはそういう仕来りや礼儀に関しては無頓着なので、休憩室代わりに煙草を吸っていることも一度や二度ではないのだが。
「能無しだから人を貶めることしか考えられん奴らの相手だけで辟易しているんだ」
本当はまるで気にしていないくせに、都合よく言い訳材料にするその根性は不遜を通り越して立派ですらある。
いくら表面で敬って諂って見せても、ロイ・マスタングという人間を他人の都合や薄汚い思惑で揺り動かすことはできない。その魂は高慢でどこまでも尊大だ。
そんな人一倍我侭で根性の捻くれ具合も一筋縄ではいかないくせに、それでいてロイは時々ひどく真っ当でお人よしだったりする。
たとえば鋼の錬金術師のために彼はいろいろ便宜を図っているのだが、それらを誰かにひけらかしたり感謝されようなどという浅ましさはまるでない。寧ろそれと悟られないようにしていることのほうが多い。そういうところは見えにくいけれど、彼の大きな魅力なのだと思う。でなければホークアイやヒューズのように有能な部下をもてるはずがない。
「あんたが本気を出せばすぐに出来るくせに、どうしてそのやる気をいつもぎりぎりまで出さないんですか」
「能有る鷹はつめを隠すと言うだろう」
減らず口も相変わらず。
「これ終わらないと帰れないんでしょうが。今日は手伝いませんよ」
「私ひとりに残業させる気か?」
「あんたの仕事です」
甘やかさないようにと重々ホークアイに言われて出てきたので、ここは強く出ておかなければならない。
いつもより固い決意をこめたハボックの答えにロイは不満げに頬を膨らませて、しかしながら真実なのでしぶしぶ手元の書類に目をやりペンをとった。
何となくそのまま辞すのもためらわれたので床一面の紙飛行機を拾い上げて部屋を片付け、ペンを走らせるロイを見ながら煙草に火をつける。紫煙が立ち上って、窓から入る秋特有の少し冷たさをはらんだ、けれど清清しい柔らかな風に流れた。
中央に比べれば東部は田舎だと言われるが、コンクリートで整備された道や自動車や道沿いにある街灯に田舎という言葉はそれほど似つかわしくないと思う。少なくとも街灯もない整備されていない土の道を歩く少年時代を過ごした身としては。
窓の外には真っ赤な夕焼けが見えた。今は世界も人も赤く照らし出しているけれど、もっとずっと地平線の向こうに消えてしまえば人の判別も付かなくなる。黄昏というのは「誰そ彼」の訛ったものだと教えてくれたのはロイだ。
雲の形が風に乗ってゆっくりと変わり、懐かしいような引き絞られるような不思議な郷愁をかきたてられた。
ハボックの実家はここからずっと南にある。昼間の会話のせいで柄にもなくセンチメンタルな気分になっているのかもしれないと気を引き締めると、突然下を向いていると思っていたロイがこちらを見ており予期せず目が合った。
「少尉。夕食をご馳走してやろうか」
「・・・手伝い料と等価交換とか言うなら結構ですよ」
「誰がそんな無粋なことをいうか。似合わないくせにセンチになっているらしい部下を慰めてやろうというのじゃないか」
自分はそんなに情けない顔をしていただろうかと一瞬慌てた。しかしからかうでも馬鹿にするでもなく言うロイの口調に、理由は分からないが本気で言っているのだと分かった。
日ごろ人の気持ちには鈍いくせに、たまに気を緩めると殆ど動物的な鋭さでそれを嗅ぎ付ける。本人も気付いていない傷を発見する犬のようだ。
上昇志向と権力主義の塊で、昇進のためならどんな辛酸も舐めると豪語するような人なのに、この瞳を覗かせるときの静謐さは狡猾さとはまるで無縁で、一途で強い。まるで目を覚ましたばかりの赤ん坊のように。
それを知ってしまって、だから離れられない。
ああもう。こんな自分に誰がした。
一度気持ちを落ち着けようと、煙草をもみ消して部屋を辞すことにする。
「とにかく仕事終わるまではこっから出ないでくださいよ」
「では南の島計画は、しばらくお預けだな」
部屋から出ようとしたハボックにとっておきの笑顔を向けて、いつの間に折っていたのか折角片付けた床に再び紙飛行機を投げる。
「あんた本気で誑しですね」
観念した様子でハボックがソファに腰掛けるとロイはいそいそとその手に書類を置いた。
ひらり、最後の紙飛行機は扉まで届かずに落ちた。

 

車内旅行とかないんかね。(←会社じゃありません)なんか皆で温泉とかさー楽しそうじゃん!卓球はもちろんホークアイが優勝。そんでハボはロイの浴衣姿にめろって温泉えっちーとかー。夜は枕投げー!修学旅行か。
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