納得いかない。 ようやく自分は苦しい片思いを乗り越えて、遂に人生の春を掴んだはずなのに、どうしてこんな腹の底がムカムカするような思いをしなければならないのか。 一ヶ月前にようやく正式にお付き合いを始めたロイは、もちろん恋人である以前に自分の上官でもあるので、すべてがこれまで付き合ってきた女の子たちと同じようにできるとは思ってない。 だが、これはあんまりじゃないだろうか。 「ローイ!!!会いたかったぞー!!!!」 3日と置かずロイのもとに電話をかけてくるその人は髭を生やして眼鏡をかけた隙のない姿で、童顔のロイと並べると親友という言葉はあまり似つかわしくないように思える男だった。 正真正銘同年齢だと聞いたときは心底驚いたものだが、いくらハボックでもそんな感想は口には出さず上官に敬礼を返す。 仕事で東方司令部を訪れたそのヒゲメガネは親友のもとへ直行する。 「そんな大声を出さなくても聞こえている」 騒がしく乗り込んできた声に、呼ばれた本人はぶっきらぼうに答えた。 だが仏頂面で客人を出迎えるロイにも周囲にもまったくかまわず、挨拶がわりにほっぺにチューなどするのでハボックは残り少ない煙草のフィルターをぎりぎりと噛み締めた。 白くてぷにぷにとしたロイのほっぺに触りたいという気持ちはよーく分かるが、公衆の面前で、職場で、しかもいい年した男同士でするようなことでは絶対にないと思う。 そして呆れた顔をしつつもロイもそれを甘んじて受け入れるのが納得いかない。 自分とは人目のあるところでは手も繋いでくれないのに。 端から見ればまるで恋人同士にしかみえないほど、いちゃいちゃべたべたしてくれるのである。 マース・ヒューズ中佐。ロイとは士官学校の頃から十年以上の付き合いで、中央の情報部に所属するエリート軍人だ。 過度の家族愛であることを覗けば、仕事は早いし、部下には信頼されているし、上官といらぬ波風も立てないし、少なくともロイよりはよほど優秀で仕事しやすい上官なのだが、それはあくまでロイを除いた話なのである。 ロイをはさむと手放しで彼を歓迎できるほど寛大ではない。 引っぺがしたくなる衝動を辛うじて押さえ、仕事してくださいよーといつまでもくっついていそうなヒューズを牽制するため突付いた。 わかったわかったとロイは生返事を返すが、肝心のヒューズは離れる様子もなくべたべたとロイに寄りかかって、肩に手まで回して何事かを耳打ちする。 ロイもロイで自分がそんなことをしようものなら一瞬にして叩き落とすくせに、眉を寄せつつも払わないしヒューズが何を言ったのかは聞こえなかったが笑っている。 そんなに引っ付くな! しかし悲しいかな。軍人の性と言うもので、プライベートならばいざ知らず職場では上官にあたる二人に乱暴な真似はできない。 いらいらを抱えたまま書類に向かうが内容がちっとも頭に入ってこず、また新しい煙草に火をつけた。 これは俗に言う嫉妬なのだと思って嫌になる。 今まで女の子とは気楽に付き合ってきたので、自分がこんなに嫉妬深く心の狭い人間だなんて知らなかったし、それを気付かせたヒューズにも腹が立つ。 彼には愛する家族がいて二人は親友なのだから嫉妬するほうがおかしいのに。でも。 どうしてあんな屈託のない笑顔を向けられるのか。 それは何だかヒューズだけに与えられた権利のようで。 「なあロイ。今晩は予定空けてくれてるんだろ?」 「ん?ああ・・・食べたいものを聞いてなかったからまだレストランの予約は入れてないが」 「いいっていいって。外で食ってからお前んちに行くのも面倒だし、久々にロイの手料理でも食べたいな〜」 「そうなのか?久しく台所になど立ってないんだが・・・」 「料理は愛だぜ、愛」 ロイの料理の腕は美味いとも不味いともいえない、ある意味いちばん困る超微妙なものなので、ハボックはロイと一緒に家で食べるときは極力自分で作るようにしているのだが、あんなものをあえて食べたいなどというヒューズの気が知れない。 しかも愛とかぬかすな。 徐々にすごい剣幕になるハボックに、向かいの席に座るフュリーは恐ろしくて目を向けられなくなる。 咥え煙草とぼーっとした性格のせいでそうは見えないが、長身も手伝ってすごんで見せれば結構な迫力だ。 円滑な仕事のためにも、仕方ないわねとホークアイが動いた。 「ヒューズ中佐。約束の時間には少し早いですが将軍も準備が整ったようです」 その助け舟にとりあえず仕事をしてくるからまた後でな、とようやくロイの側からヒューズがいなくなりハボックはロイに詰寄った。 上司と同僚の痴話喧嘩などという見たくないものを見せられかねない、と悟った懸命なブレダはいまだに何も気付いていないフュリーを伴ってそそくさと部屋を後にする。 ホークアイはヒューズに付き添って部屋を出ているし、ファルマンは夜勤明けでいない。 「大佐っ、職場での不純同性交遊は禁じられてるって自分で言ったくせに、あれは何なんですか?!」 「あれ、とはどれだ」 「ヒューズ中佐と・・・その、ほっぺにチューとかしてたじゃないですか!」 「あんなものただの挨拶だろうが」 ハボックの微妙な男心などまるで解さないと言わんばかりに、しれっとした返事だ。 「じゃあ俺もしていいんスか?!」 「馬鹿者。ヒューズとは滅多に会えないからで、毎日お前にされたらかなわん」 「じゃあ三日に一回でもいいですから」 「どこに部下にキスされて喜ぶ人間がいるんだ!私の威厳に関わるではないか!」 ヒューズにされたって十分威厳はがた落ちだと思うが、ロイがヒューズによせる絶対の信頼を崩せる自信はないので、一旦話題を摩り替える。 「だいたい泊まるって言ったって大佐んち、ベッドひとつしかないじゃないですか。ソファや床に寝させる気ですか?」 「別に一緒のベッドにはいれば問題ないだろう」 「い、一緒のベッド?!」 「?親友なのだから一緒のベッドにくらい寝るだろう?」 爆弾投下。 おそらく寝るとは言葉どおりの意味なのだと思うが、恋人である自分ですらまだロイの家に泊まる時はソファで雑魚寝だというのに、ヒューズならば簡単に同衾を許すなどどういう神経をしているのだ。 「あんた一度だって俺を素直にベッドにいれてくれたことないじゃないですか!」 「それはお前がすぐ破廉恥な真似をしようとするからだろうが!」 「男なんてそんなもんでしょ?!」 「少なくともヒューズはお前よりはずっと紳士だ」 寝相も悪くないしななどと、見当違いな意見まで述べてくる。 「ああもう!何て言ったらいいんですか!とりあえず俺と言うものがありながら、他の男と同じベッドで寝るなんて絶対に駄目です」 「だから、お前はどんな想像をしているんだ?!ヒューズとは友達だって何回も言ってるじゃないか」 「友達だからって、なんかの拍子にうっかり間違いが起きたらどうするんです?!デスクワーク派って言ったって中佐が結構鍛えてるの知ってますよ。アンタ、襲い掛かられたら逃げきれるんですか?」 思いっきり胡散臭げな表情を作って眼下のロイを見下ろせば、最初は強気に睨み返してきたもののだんだん自信がなくなってきたのか俯きぎみになる。 煙るような濃く長い睫毛が、たよりなさげに揺れた。 「ヒューズ中佐だって男なんですからね。紳士ぶってるのも演技かもしれないでしょうが」 だがその発言はかなりまずかったらしい。 バネのように顔をあげると、一瞬見せた頼りない表情はどこへやら怒号の勢いで叫んだ。 「ヒューズを悪く言うな!馬鹿!出て行けーーーっ!!」 今にも顔を真っ赤にして今にも泣き出しそうな表情をしたロイの絶叫になにごとかと人が集まってしまい、尋常ではないロイの様子に完全に悪者にされてしまったハボックはすごすごと引き下がるしかなかった。 結局ロイに追い出されてしまったハボックは喫煙室で時間を持て余していた。 仕事も残っているのだが、いまロイと顔を合わせればまたつまらない諍いをしてしまいそうだった。 いつもそうだ。 大事にして守りたいと思うのに、つまらない自尊心や嫉妬でふたりの間に争いは耐えない。喧嘩の種は次から次へと休みなく発生してしまう。 ロイと恋仲になるまでこんなことはなかった。誰とでも適当にうまく付き合えたジャン・ハボックはどこへ行ってしまったのだろう。 はあ、と何度目か分からないため息をつくと、背後から能天気な声がした。 「よっ、ハボック少尉。ロイと喧嘩したらしいじゃねえか」 「・・・ヒューズ中佐」 「そんな露骨に嫌そうな顔するなよ。傷つくだろうが」 傷つくどころかにやにやと笑いながらそんな台詞を吐くのだから、あからさまに自分を笑いにきたかからかいに来たのだと思って逃げ出したくなった。 だが実際はここ以外行く場所もないから無駄に時間を潰していたのだ。喫煙習慣のないロイはここには来ない。 「まー俺も若い頃はそうだったけどよ、喧嘩なんて謝ったもん勝ちだぜ?」 ロイはあの性格だから絶対に折れないだろうし、などと分かりきった顔で呟くのは絶対にわざとだ。 「そんなの分かってますよ」 「原因はだいたい見当つくけどな」 あんたのせいだと言いかけたのだが、いいように言いくるめられるのが目に見えたのでやめた。 口でヒューズとやりあうなんて無理だ。この口から先に生まれたような男に。 黙るハボックにヒューズはやれやれというように肩をすくめた。 「親の敵みたいな視線を向けるな…いや、恋敵か?」 「別にそんなんじゃありませんよ」 「お前さんとのことはロイから聞いてるけどな。たらし込まれたみたいだな」 「・・・・・・」 いくら親友だからって簡単に付き合い始めて一ヶ月の同性の恋人のことを話すだろうか。 いったいどこまで話しているのか怖くて聞けない。 夜の生活のほうまで突っ込まれたら、もうどうすればいいのかハボックのような馬鹿正直な人間には見当もつかない。 しかしヒューズはそれ以上は言わず、するりと話題をそらした。 そこら辺の巧みさも、この上官の有能さを如実に物語っている。戦闘能力も事務処理能力も上官として重要だが、この人と付き合う能力と言うのは実はいちばん大切だ。 ロイなどは国家錬金術師で人並み外れた頭脳のおかげでいまの地位にいるが、他人と付き合う能力と言うのはかなり欠如している。 「しかしあいかわらずでかいな、お前。身長いくらあるんだ?」 「入軍したときに計ったときは189でしたが、それからは計ってません」 「うんうん。あいつは昔からでかいものが好きだったし、犬派だったからな」 「何スか・・・犬って」 ロイ専用の忠犬と呼ばれることは何度かあったが、中央にまでその噂は届いているのか。 「俺はこれでもお前さんに期待してるんだ。むくれるなよ」 余裕の表情でばんばん背中を叩かれた。 ハボックがいようがいまいが、自分とロイとの絆をかけらも疑っていないのだろう。 羨ましくもあるし、妬ましくもあった。 だがとりあえずのところ、ハボックとロイが現在進行形でお付き合いをしていることに、この親友は異存はないようで、敵に廻すよりかはいいかなと思ったら、そんなこころの内まで読んだように突然真剣な眼差しを向けられる。 「ハボック。ひとつだけ忠告しておくぞ」 「・・・なんですか」 「俺はあいつが可愛い。士官学校時代から寄ってくる男どもを跳ね除けて、大事に大事に手塩をかけてここまで育てたんだ。それは分かるな?」 同年齢の、しかも男に対していう言葉ではないような気がするが、ヒューズがどれほどロイを大事にしているかは同じ気持ちだからこそ、嫌というほど分かる。 「我侭で撥ねっ返りで意地っ張りなくせに、どうしようもない淋しがり屋の甘ん坊で、そんなあいつを俺以上に分かってやれる人間なんていないと思うが」 恥も照れもなくよく言い切れるものだと思う。 だがそれはひどく真理で、ハボックには何も言い返す言葉がなかった。 複雑な家庭事情のもとに育ったせいでロイは父親を知らない。 父性に飢えたロイが、はじめて親身になってくれた同性の友人に懐くのは当然ともいえるし、自分は年下で重荷にこそなれ支えるなんて。 やり場がなくつい習慣で煙草を咥えたら、ヒューズが手を出すので一本差し出して火をつけた。 黙ったままお互い紫煙を一息吐き出す。 「・・・それでも、ロイはお前がいいって言うんだから仕方ないよな」 「え・・・?」 ハボックはまた、ロイと別れてくれとでも切り出されるのではないかと一瞬思っていたのだが、ヒューズは彼にしてはめずらしく渋い顔をしながらそう言った。 ひとくち吸っただけの煙草を灰皿でもみ消すと、突然ハボックの胸倉を掴む。 「あいつを傷つけたりしたら、殺すぞ」 眼鏡の奥で鋭く山吹色の目を細められた。 普段は佐官であるのに堅苦しいことが嫌いで人懐っこい絵に描いたような昼行灯の彼が、殺気すら孕んでいそうな瞳を向けてくる。 こういうのは何と言えばいいのだろう。 自分にはこんな目は出来ない。 この人には妻もいて、娘もいて、親友であるはずなのに。 冗談でも誇張でもなく、そのことをロイが望まなくてもヒューズはそうするだろう。無心の愛情でもって。 ごくりと、咽の奥が鳴った。 沈黙、が世界を、支配する。 「・・・な〜んてな〜。じゃ、ロイのこと宜しくな〜」 一瞬前の表情を打ち消して、ぱっと手を離すといつもの人懐こい顔に戻って、なにごともなかったかのようにひらひらと手を振って退散してしまった。 だが、冗談にしてしまうにはあの瞳は厳しすぎる。 「・・・上等」 結局諸悪の根源であるヒューズのペースに最後まで乗せられっぱなしだったが、これだけはハボックにも譲れない。 天涯孤独の身であるはずのロイに、とんだ恐ろしい父親がいたものである。 「とりあえず謝ってこよ」 道のりは険しそうだが、何故かハボックは足取り軽くロイの部屋へ向かった。 |
恋敵っつーとヒューズしか思いつきませんでした。しかもかなり一方的な。 ウチのロイとヒューズはあくまで友達です。異様に仲がよくてもラブラブに見えようとも本人達が友達だと思っているのでこれは友情なんです…! なんだかヒュハボくさい気もしますが、私はヒューズ受推奨派です(本気と書いてマジと読む) 最後に、増田がヘタレでごめんなさい。 (05/3/17) |
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