「護衛……っスか?」 言葉遣いが気に入らないのかぎろりと睨む上官に、護衛ですかと末尾を訂正して問い直す。 その日ハボックは出勤するなり司令官に呼び出された。 司令部の最高責任者に呼び出されるなど名誉な話か、不名誉な話と相場は決まっている。 もともと左遷同然でこの地にやってきた身であるので、素行に信用などないに等しい。 今度は何をやったんだと周りから突付かれたが、先日のテロ現場での命令違反は減俸と始末書で片が付いたはずだし、 違法賭博もドラッグもやっていないし、最近は喧嘩すらしていない。 ハボックの腕では殆どが一方的な弱いもの虐めみたいになってしまうからだ。 やる気のなさそうな外見に、上官だろうが政治家だろうが大富豪だろうが恐らく大総統の前でも物怖じしない ふてぶてしい態度、そのくせ仕事はできる。生意気に映るのも無理はない。 陰湿でねちっこい嫌がらせはしょっちゅうであったし、そんなことにいちいち腹も立てなくなった。 刑務所から出てきた人間の身元引き受けでもされたみたいな、きちんとした部署に所属していないハボックは ほぼ便利屋のように使われており、恐らくまた普通の軍人には苛酷な肉体労働に借り出されるのだろうと 深く考えもせず赴いた先で言い渡されたのが、中央から視察に訪れるという上級士官の護衛話だった。 もうすぐ寒い雪の頃。少しの雪でも列車はたちまち運転をストップさせられてしまうこんな季節外れに 視察に訪れるなどどんな物好きだ。 しかしこんな田舎の司令部から見れば、中央から来る人間はエリートである。 自ら出迎えに赴いて、息のかかった部下を使って媚びを売りまくっても良さそうなのに、 わざわざハボックに押し付けてくるというのは何か裏がありそうだと、優秀な嗅覚が告げていた。 取るに足りないというだけの人間ならいいが、もしかしたら気に入らない事があれば速攻で銃を抜くような危ない奴か、 逆に正義心の塊で出世と保身のために疚しいところが多すぎて、嗅ぎ付けられては困る方か。 どちらにしろ自分には関係ない。 正直に言えば面倒だった。断れるものなら断りたかったが、一応籍を与えられているだけの自分に そんな権利があるはずもない。 結局司令官から引き出せた情報と言えば、名前と階級と国家錬金術師であるという事だけだった。 名はロイ・マスタング。階級は中佐。 軍社会がどうなっているのかすら殆ど理解していないハボックははじめて聞いた名だったが、 軍内ではそれなりに有名人であるらしい。士官学校候補生の時に国家錬金術師試験にパスし、 卒業と同時に鳴り物入りで入軍。イシュヴァール内乱で武勲をたて、史上最年少で佐官となり、 今回は大総統直々の命により視察に訪れるのだと言う。 軍のピラミッドの最下層に位置するハボックにしてみれば、大総統と言われても軍で一番偉い人くらいにしか 認識していないので、どれくらい凄いことなのかも分からないが、この北方司令部の司令官には あまり快く思われていない人物であるらしいことは分かった。 ずっと前線にいたハボックに護衛経験がないことも、要人相手に気配りどころか敬語すら心もとないことも、 ただでさえ可愛げのない外見に加えて愛想も悪いことも司令官も嫌というほど承知のはずだ。 多少粗相をしたところで構わないのだろう。そう勝手に割り切ってハボックはノースシティ駅まで軍用車を飛ばした。 もちろん、スピード違反もいいところだった。 駅で欠伸を噛み殺すこと十数回。 汽車は到着の時間を大幅に過ぎており、出迎えの時くらい我慢しようと思って銜えていなかった煙草が恋しくなってきた。 ニコチンがあれば数時間くらいぼーっとしていられるが、今は退屈と戦うのみが彼に与えられた唯一の任務だった。 中央から来る列車は一日で十本に満たない。まだ東部や西部なら話は違うのだろうが、 気候の悪い北部にはたいした産業もないし、特にこれからの季節は逆に出稼ぎに出る人間の方が多いくらいなのだ。 ようやく汽車が駅に入り、貨物車から荷物を降ろす男たちの横で、長旅を終えた乗客たちが改札へとやってくる。 他の人間よりも頭ひとつ高いハボックはすぐに探す人を見つけ出した。 国家錬金術師で中佐職についているというのだからどんな老獪かと思っていたら、驚くほど若い男だった。 自分と同じくらいか、イシュヴァールに出兵しているのだからそんなことはないはずだが年下かもと勘違いしそうなほど。 暑苦しい軍服に包んだ身体は軍人にしてはすらりとスマートで、くせのない黒い前髪からは 同じ色をした意志の強そうな瞳が覗いている。様々な人種の入り乱れるアメストリスだが、 こんな漆黒の瞳をお目にかかることは少ない。しかし柔らかそうな輪郭は年齢よりも彼を随分幼く見せていた。 傍らには金髪を短く切りそろえた副官と思しき女性が立っている。ふたりで並ぶと、嫌味なほどお似合いな美男美女だ。 「君が護衛か?」 うっかりかけるべき言葉を失っていると、かたちのよい唇から突き刺すような冷たい声が漏れた。 明らかに他人に命令することになれた口調。 哀しい軍人の性で咄嗟に敬礼だけ向けると、何がおかしいのか小さく笑みを口の端に浮かべて、 これは躾から必要なようだと、本人を前にして随分と失礼なことを言ってくれた。副官が中佐と窘める声をあげる。 黒髪の男はそこで偉そうに腰に手を当て、よく通る声で名乗りでた。 「私はキング・ブラッドレイ大総統の命により中央司令部から来たロイ・マスタング中佐だ。 彼女は副官のリザ・ホークアイ少尉」 金髪美女が小さく目礼をするのに敬礼を返し、再び目の前の中佐を名乗る男に向き直る。 「君の名前は?」 そこでハボックはようやく己の失態に気付いた。慌てて居住まいを正し、咳払いをひとつ。 「ジャン・ハボック軍曹であります」 「ハボック軍曹。しばらく世話になるがよろしく頼むぞ」 「……精一杯やらせていただきます」 颯爽とコートを翻してホームの外へ出て行こうとするので、ハボックは大股でその後を追った。 旋毛を見下ろせるくらい身長差があるのに、姿勢が良いせいかそれを感じさせない。 ぴんと伸びたその背筋、躊躇いのない足取り。 頭からつま先まで彼をかたち作るひとつひとつに、磁力のようなものが宿っている気がする。 決して他人に媚びない、自分の望むように生きていくための力が。 幼い頃には誰もが持っていて、でも気が付いた時にはごっそりと目減りしていて、取り返しがつかなくなっている。 このまま誰かの思惑に翻弄されたり流されながら生きるしかないのだと割り切るのは苦しいけれど、 自分の意志だけで生きていくのはもっと苦しい。 それなのに取り返しがつかないことにさえ苦い唾を飲み込むようなもどかしさを覚える。 結局のところ、子供が強いのは誰かの思惑を言うものを知らないからだと思う。 誰にも邪魔されない狭い世界の中で、彼らは神であり、悪魔であった。 大人になればもっと色んな制約から解き放たれ、自由になるのだと無心に信じていた。本当はそうじゃなかった。 子供の頃はすべてを自分の意志の元に委ねていたはずなのに今では家族、恋人、友人、知人、上司、部下、 ただすれ違っただけの人。色んな人間の様々なものに雁字搦めだ。 確かに煩わしいが、その煩わしさをすべて切り離すためには、それこそ山にでも篭もって僧になるしかない。 そして煩わしく疎ましく思うのと同じくらい、手放せない醜い執着心も確かにどこかにある。 よく言えば奔放、悪く言えば自分勝手、軍でもそんな人間なら何人も見てきたが、彼らはいずれも 社会に適合する事が出来ず知らぬ間に会えなくなっていた。それなのに、彼らが持っていた完璧な自由の欠片を、 一部の隙もなく制服を着こなし、軍という窮屈な檻の中にいるはずのその背中にも感じるのだ。 すらりとした足取りで前を歩いていた彼が、ふいに弧を描くような優雅な仕草で振り返る。 「ところでハボック軍曹。今日の午後の予定について何かハークレイ准将から聞いているか?」 「いえ、自分は何も」 「護衛のくせにか?私が行く所はお前も行くのだぞ」 「はあ」 そんなことを言われましても。 ハボックが頭を掻いていると、ホークアイが午後一番で市長への挨拶、その後士官学校の訓練を見に行く予定です。 と助け舟を出す。副官は書類ケースから紙を数枚取り出し、今回の視察のスケジュールですとハボックに手渡した。 礼を言って受け取りながらも、美人だが卒も隙もなさ過ぎて絶対このタイプとは恋愛できないと、 この場にもっとも相応しくない感想を抱いていた。 ロイといいホークアイといい、やりにくいタイプだなとこれから一週間のことを思って、 思わず溜息が出そうになるのをぐっと堪える。 言い訳がましいとは思いながらも、護衛などしたことがないのでまるで勝手が分からない。 いつだって自分は殺すほうが専門で、何かを護るために力を使ったことなどなかったのだ。 一体どういうつもりで自分を護衛になどしたのだろうと思って、どうせただの嫌がらせだろうとすぐに結論は出た。 そのつもりはなくてもハボックは上司受けが悪い。煙草は吸うし、態度は悪いし、礼儀もきちんとなってないし、 その他諸々。理由が想像つかないほど馬鹿ではないが、それを直すのも面倒くさい。 自分がこの青年士官の不興を買ったとしても、自分ひとりどこかへ飛ばしてしまって何もなかったことにする魂胆だろう。 そこまで分かっていても、左遷されてもそれほど困る身でもないのが余計に。 そんなハボックの憂鬱に気がついたのかどうかまでは分からないが、いつの間にか歩くスピードを緩めていたらしい ロイの肩に腕が触れ、すみませんと謝れば不敵な笑みを向けられる。 切れ長の黒い瞳に何もかも見透かされそうな気がして、わざとらしいほど不自然に目をそらした。 車を飛ばすこと四十分。ちょっとした外出以上の距離に、ロイが何て田舎だと呆れ返ったように呟くのは 聞かなかったことにして、ようやく司令部に着いた。 「長旅ご苦労だった。マスタング中佐」 「本日より一週間お世話になります、ジオル准将」 並ぶと親子、というより祖父と孫ほども年齢が離れて見える。 簡単な挨拶をする様子を伺うだけでも、司令官がロイに良い感情は抱いていないことが丸分かりだった。 方や定年を控えた田舎の将軍、方やまだ二十代半ばの中央の若き佐官。 それだけ優秀な人間なのだと認められるほどの度量の広さがあったならば、もう少しは出世していただろうにと まったく他人事のように思った。 華々しい経歴に反感も買いやすいのだろうが、ハボックとしては地位や報酬に興味が薄い上、 もともと生きる世界が違いすぎるので嫉妬すら湧き上がらない。 所々に嫌味を混ぜた将軍の言葉に皮肉で返すロイの、狐と狸の化かしあいを見ているような 何ともいえない気分になってきた頃、ようやく将軍から解放されて、ロイに宛がわれたとても佐官に用意された 部屋とは思えない質素な執務室へ三人で雪崩れ込んだ。 「まったく……年寄りは話が長くて叶わんな」 皮の端っこの剥げたソファにだらしなく身を預けながら、仮にも司令官を捕まえて年寄り呼ばわりである。 先ほどのやりとりを見ても分かったが、ロイは見た目とは裏腹に随分肝が座っていた。 確かに煙たがられることが分かっていて来るのだから、相当なものである。 やはりこの年齢で中央で出世争いをするのならば、それくらいの度胸や図太さは持ち合わせていないと駄目らしい。 「ハボック軍曹。とりあえず腹が減った。軍食堂でいいから案内してくれ」 「はい?」 「腹が減ったと言ったんだ」 「…いやいや、駄目っスよ。あそこは俺みたいな下士官しか使わない量だけしか自慢のない汚い食堂ですから。 ちょっと遠いですけど、ちゃんとしたレストランにお連れするよう将軍からも言われてます」 「別に構わん。これ以上待つのは御免だ。さあ連れて行け」 「って、ちょっと中佐!」 ハボックの返答などまるで知った様子ではなしに、ロイはずんずんと扉の方へ歩いてゆく。 一応助けを求めるつもりでホークアイを振り返ったが、小さく首を振って無駄だというような意思表示をした。 その様子からして大分この傍若無人な上官には手を焼いているようで、人形や絵画や銀細工を連想させる 無機質なイメージしかなかった彼女に、少しだけ親近感が湧く。 限りなく好意的に見てマイペースと言えば聞こえは言いが、実際のところ子供と同じレベルの我侭である。 「ハボック軍曹!」 よく通るロイの声が廊下から響き、仕方なくハボックは食堂へ案内した。 丁度昼休みの時間なので食堂は混んでおり、一部で腫れ物扱いのハボックが見慣れない若い士官と女性を 連れているものだから、面と向かって何か言う者はいないものの俄かに騒がしくなった。 これだから嫌だったんだよなあ。 内心溜息ものだったが、とりあえず何とか席を確保してロイを座らせ、さっさと注文を取りに行く。 「なあ、ハボック。あれ誰なんだ?」 ひとりになった隙を見計らって、知り合いが何人か興味本位で寄って来た。皆あまり素行の宜しくない、 夜にもなれば飲み屋でゲームと賭博をするような連中だ。 「中央から視察に来た中佐とその副官」 「へえ。それで何でお前と一緒にいるんだよ?」 「将軍が俺に護衛しろっつって今朝言ってきたんだよ」 「お前が護衛?大丈夫なのか?」 「俺が聞きたい」 中央の人間とのパイプを作ることは出世への第一歩である。ハボック以上の適任はいるはずだし、 それを望んでいるものも多い。いま話している彼らは比較的親しく付き合ってくれているほうだが、 この話が伝わればいずれ妬み嫉みを抱く者にはつまらない詮索を受けることになるだろうなと思うと、 ハボックには厄介なだけだった。 自分は誰の思惑にも流されない代わりに、誰の恩恵を受けるつもりも毛頭ない。 今回の護衛の件だって仮にロイの目に止まったとして、それを後々出世道具にすることはないだろうし、 それが分かっているから司令官も自分を厄介払いに使ったのだろう。自分はいついなくなっても、 いつ死んでもいくらでも代えのきく駒なのだから。 そして思った。それならばこの狭い世界で蹴落としたり凌ぎあったりするよりも、面倒ごとは避けて 生きるためだけに銃を握る。そういうふうに生きようと。 我ながら建設的じゃない生き方だが、悲観的にではなく自分は多分、何かのために生きることなんてできないのだ。 そう彼に伝えれば護衛をとりやめにしてくれるだろうかと、視界の隅っこに映るロイを見て思った。 実際のところ護衛とは言っても副官が護衛も務めているので、ハボックが四六時中付き従わなければならないと いうこともなかった。この二日間ハボックに与えられた仕事といえば、朝夕と彼らが宿泊するホテルへの送迎と、 あとはロイが外に食事に行くときや既に引退した将軍の家に挨拶に行ったとき、道が分からないという理由で 案内させられた程度で、護衛よりも観光地ガイドと大差ない。 危惧していたほど面倒なこともなく、寧ろ護衛という名目でたっぷり自由な時間を手に入れたハボックは 暇つぶしに射撃場に来ていた。 周りを見れば人の入りは少なく、業務の忙しい午前中からこんなところにいるのは暇人かあるいは一応午前と午後に、 義務付けられてはいないが設定されている射撃訓練を真面目に行う堅物だけだ。 もともと接近戦のほうが得意なのだが、ハボックのはあまりに我流過ぎていて軍隊格闘というには遠い代物のため、 最近では相手をしてくれる物好きもいない。 軍隊格闘は構えに則った力と力のぶつかり合いだが、特殊部隊で学ぶ格闘術は真っ向からぶつかったりせず、 いかに相手の余計な力を利用して相手の急所を突くかに始終する。 訓練用の銃を手にしてひとりで射撃レンジに入った。 まずは基本の構えで一発打ち込む。的のど真ん中を綺麗に打ち抜いた。次に利き手で連射し、 一度上に放り投げてから逆手でもう一発。どれも殆ど弾痕を感じさせないほどぴたりと同じ場所を狙っていた。 動かない的に当てるくらいハボックにとってどうということもない。多分目を瞑っていても当てられる。 緊張感のない欠伸をしながらレンジを出ると、そこには鮮やかなブルーの軍服をまとった人が一人立っていた。 「まあまあだな」 言葉とは裏腹に、表情は満更でもない様子だ。 どれだけ見ても慣れない、まるで心の奥底に隠したどろどろとした感情まで見透かされるような居心地の悪い、 でもそれでいて抗い難い甘い誘惑に駆られるような、綺麗な目がこちらを見据えている。 「マスタング中佐。見てたんですか」 ハボックは何気なく返しただけだが、いかにもやる気のない彼の声音は非情なほどにそっけなく響くので、 ロイはむっとしたように返す。 「見ていたら悪いのか」 「悪いなんて言ってません。ただ別に見たところで面白くもないでしょう」 「自分の護衛を任せるんだ。どれほどのものか見ておこうと思っただけさ」 「それじゃ聞きますけど、俺は合格ですか?」 他人の評価にたいして興味もなかったが、一応尋ねてみればロイはその質問には答えず、 ハボックの目の前に手のひらを出した。 「何ですか?俺、今何も持ってませんよ」 「お前の銃を出せ」 「銃ですか?いいですけど、普通の銃より重いからあんたには使えないと思いますよ」 「いいから出せ」 子供が駄々をこねるような様子でせまってくるのでお手上げというようにホルスターから抜き取って、 安全装置を確かめてからその手に乗せてやる。 渡されたロイはまるで玩具を触るようにしげしげと眺めてから、計量するように片手で上げたり下げたりした。 危なっかしい手付きは彼が銃の扱いに慣れていないことを如実に物語っている。 その証拠にハボックのものよりも細くてまっすぐな指にペン胼胝はあるけれど、銃胼胝はない。 「重いな」 「だから言ったでしょ。自分用にカスタマイズしてあるんですよ」 「何故軍で支給されているものを使わない?」 「使い慣れてるもんで」 「使い慣れてるか……人間の頭くらい一発でぶち抜けそうだな」 何気なく漏らされた言葉に心臓を突付かれたような気分になる。 当たらずとも遠からず、とうっかり口を付いて出そうになるが過去はたとえ上官であっても 第三者に知られてはいけないというのが、特殊部隊で最後の命令になる。 ロイは五分間くらいひとしきりその作業をした後、おもむろに軍服の上着を脱いで その中に収められている銃を抜きさった。 一連の行動の意図がさっぱり読めないハボックはただ目で追うのみだ。 「これを使え」 そう言って差し出したのは、彼が持っていた軍で支給される標準仕様の一見何の変哲もないオートマチック拳銃だった。 だが心配されなくてもハボックも銃くらい持っている。 現に彼がいまその手で弄り回してるそれが肌身はなさず持ち歩く愛用の銃だ。 「いや、別にそれはいいんで、俺のを返してもらえると有難いんですけど」 「これは駄目だ。しばらく預かっておく」 「はあ?それ一応商売道具なんですが」 「お前の銃は重すぎる。破壊力はあるだろうが精度が甘い。ここは戦場じゃないんだ。そんな強力な銃は必要ない」 身に覚えがなくはなかったハボックにとって、多少なりとも耳の痛い話であった。 以前テロリスト捕縛の際、足止めのつもりで撃った弾の当たりどころがまずかったせいで、 想像以上の重傷を負わせてしまった事例がある。その時は始末書一枚ですんだからよかったものの、 手元が狂っていたら殺していた可能性も否定できない。 いずれにしろ、ロイの言う通り小型の銃を使っていればそのリスクはぐっと低くなる。 だがいくら拘りのないハボックにも、いくつもの戦場を共にし、己の命を守ってくれたこの銃にかけるプライドくらいある。 「確かに一理あるかもしれませんけど、大事な銃なんスよ。下手くそっていうならもっと腕を上げますから」 「我慢しろ。ホークアイ少尉とまでは言わないが、もう少しマシな撃ち方をできるようになってから使え」 実際にお目にかかったことはないが、やはりあの副官は頭脳と容姿に加えて銃の腕も相当なものであるらしい。 「でもその銃を俺によこしてあんたはどうするんですか?」 「必要ない。そのための護衛だろうが」 「そりゃそうですが、万が一ってこともあるでしょ。まさか銃の握り方も知らないってことはないでしょうね」 「馬鹿にするな。士官学校で習ってる」 その士官学校がいったい何年前の話なのだろう。疑問を抱きつつ顔を見ればロイは不敵な笑みを浮かべていた。 「いいんだよ。銃がなくても」 不思議な言葉だけ残して、この銃はお前が護衛として一人前になったら返してやるとさっさと部屋を後にしてしまい、 反論する間もないままハボックはその場に取り残されてしまった。 手には頼りない小さな銃が一丁。 |
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